今年も出ました重判。当たり前か。筆者は受験生時代から重判掲載判例(以下、めんどくさいので単に重判と略したりします)の「ランク付け」が大好物だったので、完全なる主観に基づいてこれをやってみたいと思います。その前に、そもそも重判を学習にどう活かすか、についても書いてみます。
重判をどう使うか
「重判に手を出す」≒勉強に余裕がある人→百選判例さえ覚えられていない自分には無用。と考える人も多いかと思います。確かに、百選判例と同様にきちんと整理して記憶していく、という学習のために重判を使うのであれば、これは相当余裕がある人でないと厳しいでしょう。しかし!重判は、このような「百選的な使用」以外の用途も色々あります。
1. 山かけに使う
辰巳のハイローヤー等のように「どの判例が出題されるか!?」というピンポイントの山かけ対策、という使い方は割とメジャーです。確かに、司法試験では重判に示唆を受けた出題もちょくちょくあります。平成30年度も、商法で平成29年度重判に近い問題意識の出題がありました(下記記事も参照)。
そして、受験までには(実質的に)重判でしかお目にかかれない判例もありますから、山かけのために使うというのもアリだと思います。でもまあ、そもそも当てるのは至難の技ですし、抜群の幸運で合格してもあまりうれしくないので、筆者としては重判を学習に取り込む上で、山かけのため、という動機は20%くらいしかありませんでした。
2. 問題意識を知る
これも山かけの一種ですが、重判で問題意識、または流行のようなものを知っておく、という用法もあります。百選は、(百個以上ありますが…)まさに「学習で必ず押さえておくべき基本的判例」を厳選したものです。これに対して、重判は「その年の判例から、重要な意義を持つ(と選者が考えた)判例」をピックアップしたものです。つまり、選者の先生方が今重要だと考えている問題意識≒当該法分野のホットトピック・流行、がストレートに出てくるはずです。そして、重判の選者の先生方と、司法試験委員の先生方は(研究者・実務家を問わず)基本的には近い問題意識と考えられます。だとすると、重判そのものズバリ、が出ないとしても類似の論点が出題される可能性があります。というわけで、まあ、どんな判例が選ばれているか、問題意識を知っておくか、という軽い気持ちで重判を学習に取り込むという用法があります。なお、この用途の場合、重判の各法の冒頭の「◯◯法判例の動き」というマトメを読んでおくことが有益です。筆者はこの用途が40%くらいでした。
3. あてはめを学ぶ
新しい法理が提示された(法理判例・場合判例)わけではないですが、一風変わった事件なので、あてはめが難しく面白い、というケースが掲載されていることもあります。特に刑事系に多いですかね。判例を学ぶ意義は規範を暗記するばかりでなく、あてはめの思考をトレースする、ということにもあります。下記記事もご参照下さい。このような、問題演習に近い意識で重判を読むことも有益で、筆者はこれが20%くらいでした。
4. 新進気鋭の先生の解説を読む
これも大きいです。百選は「その論点の権威じゃ!」という先生が執筆されることも多いですが、重判は割と新進気鋭の先生方が解説を書かれています。鋭い解説により、今までよくわからなかった論点が急にわかるようになったり、はたまた論パの質が向上したり、という嬉しい副作用と出会える可能性があります。筆者はこれが10%くらいでした。
5. 何はともあれ必読
A+またはSランク的な判例です。大法廷判決や、実質的な判例変更など、「まだ百選に載ってないけど、次の改訂で間違いなく掲載される、超重要判例」が、受験のタイミングによっては(百選改訂が間に合わず)重判でしか読めないことがあります。特に、判例の進化のスピードが速い商法や知的財産法に顕著ですね。これはさすがに読まないといけません。法科大学院や予備校の先生も「読んでね」と指定するはずです。筆者はこれが10%くらいでした。
筆者の使い方
以上のような動機・用途で、筆者は①平成15年度くらいまでの重判から、各法10~20の判例をピックアップし、②本を持っているにも関わらず、わざわざこれをコピーし、③マーキングしてから百選に糊で貼り付けていました。要するに百選の勝手な補訂です。なお、重判はヤフオク!などのフリマサービスにより、10年分まとめて5000円!等々、かなり安く入手することができます。
そろそろ、本題のランク付けにいきます!なお、筆者は単に出題可能性の大小ではランク付けをしていませんでした。上記1~5に鑑みて、総合的に読んどくべきかどうか、のランク付けです。
憲法
- 県議会議長の議員に対する発言の取消命令 B+
→ トピック(県議会における部分社会の法理)そのものは、かなり個性的なのでズバリが出題されるかは疑問ですが、「一般市民法秩序と直接の関係を有する」か否かのあてはめ方が、高裁と最高裁で正反対なので勉強になります。 - いわゆる岡口判事ツイッター事件 B
→ 表現の自由なので、嫌でも受験生は注目すると思うのですが、山元先生の解説にある通り、最高裁は実質的には表現の自由の問題としていません。学説と判例の議論が全く噛み合わないー外在的批判ーの典型パターンでして、判例の射程ー内在的理解ーを聞く、という現在の出題趣旨からは離れるように思います。 - 司法修習生に対する給費制廃止
- 嫡出否認権を夫のみに認める民法規定 C
→ これまた受験生大好き14条なのですが、あてはめが勉強になるぜ!とは言いづらい判旨かな、と…。 - 国歌斉唱命令違反を理由とする再任用等拒否 C
→ 本ちゃんの国旗国歌訴訟判決をきちんと理解するのがかなり難しいので、そちらを優先すべきかと。 - 足立区反社会的団体規制条例 B
→ トピックは面白いです。また、賛否あるにせよ、あてはめは丁寧(特に手段審査)で、受験生のお手本となるものです。植村先生の解説もわかりやすいです。 - 孔子廟のための敷地使用料免除 B+
→ まさに判例の射程を聞く問題です。政教分離原則は過去出題済みですが、目的効果基準と空知太判決基準のいずれが妥当するかーという射程分析を重視すれば、再度出題されてもおかしくないと思います。そして江藤先生の分析が永久保存版的に怜悧です。そういった意味でも読む価値が高いです。 - NHK受信料訴訟 C
→ いわゆる権利の論理vs制度の論理ですが、ちょっと難しすぎる気がします。 - 9条俳句訴訟 B+
→ トピックはかなり特殊で出題しづらいでしょう。が、船橋市市立図書館事件最高裁判決の引用(要するにはしご)、学習成果の発表行為を表現の自由の問題とした権利選択、公民館の公共的性質の論証、ともにあてはめとしては大変勉強になります。 - 朝鮮人労働者追悼碑の設置更新不許可処分 C
- 医療観察法の合憲性
行政法
- 改良住宅使用権の承継を定める条例 C
- 障害年金支分権の消滅時効の起算点
- 建基法に基づく道路判定を前提とした土地課税台帳登録価格決定 A
→ X「ウチの土地の前の道は(建基法上の)道路じゃない。これにあたることを前提に高く算出された課税価格決定は違法だ。」Y「道路だと判定した行為は行政処分なので、今さらそれをひっくり返せません(違法性も承継しません)。」、という事件。処分性、(処分だとした場合の)違法性の承継や手続保障、本案の判断枠組み等、メジャー論点がいくらでも詰め込める、試験問題そのもののような事案です。個別法も、メジャーな建築基準法。今年の受験生も、演習(判例と同じ様な思考フレームがとれることの確認)代わりに目を通した方が良いと思います。新しい解釈や規範を登場させたぜ!という意味でAなのではなく、勉強になるぜという意味でのAです。 - 国歌斉唱命令違反を理由とする再任用等拒否 C
- 公立小学校教員採用処分の職権取消し B+
→ 職権取り消し(撤回)こそ、まさにあてはめ勝負なので、本判決など、個数を多くあたってあてはめ方を勉強しましょう。なお、田中先生が解説されているように、意見陳述手続を欠くことに対する評価は、通説的な理解からは少し離れるもののように思います。 - 都計法に基づく勧告義務の確認訴訟 B
→ 行政法の「訴訟選択」に慣れるには、公法上の当事者訴訟をマスターしておかねばなりません。また別に記事にしますが、本判決のような現実の事案にあたり、①その他の手段を考える(ほとんどの場合民事差止とかですが)、②反対に、公法上の権利(義務)確認訴訟で確認の利益が認められるには、他にどのような要素がれば良いのか、民訴判例に照らして考えてみる、ということが非常に有益だと思います。特に②をやると、民訴の勉強にもなりますね。 - 内閣官房報償費の支出関連情報の不開示情報該当性
- 農振除外申請に対する拒否回答の処分性 A
→ 最高裁判決ではない(最高裁は上告不受理決定)ので、完結型計画の処分性否定、という形で百選には載らないと思いますが、受験生はともかく、1~2年生は必ず読んでおくべき判決でしょうか。難しいですが、処分性の要件のうち、直接性ー行政計画の論点については、完結型計画にかかる判決と、非完結型計画にかかる本件判決等をいったりきたりして、理解を深めるしかありません(下記記事も参照)。 なお、処分性を認める(否定する)にしても、申請権アプローチと、端的に法的効果を判断していくアプローチがあることにつき、山下先生の解説も参照。 - 地方議会議員失職決定の効力停止後に補欠選挙が行われた場合
→ 学問的面白さは最強クラス。試験対策としては…。 - 被爆者援護法に基づき被爆者として援護を受ける地位の一身専属性と訴訟承継の成否 C
→ 一身専属性あてはめは興味あるんだけど、本判決のあてはめがそもそも明解ではありません…。
まとめ
総じて、公法系やや不作の年でしょうか。百選級(何はともあれ必読判例)は無いように思います。もっとも、行政法のいくつかの判例は、思考フレームの再確認に有用でした。次回は民事系~刑事系も超主観的にランク付けしてみます。なお、辰巳の西口先生や、アガルートの工藤先生もランクを発表していらっしゃるので、そちらの方が信用度は段違いに高いです。