だいたい正しそうな司法試験の勉強法

30代社会人。「純粋未修」で法科大学院に入学し、司法試験に一発合格。勉強法・書評のブログです。

完全講義 民事裁判実務の基礎〔第3版〕(上巻)

完全講義 民事裁判実務の基礎〔第3版〕(上巻)

完全講義 民事裁判実務の基礎〔第3版〕(上巻)

 

・説明が わかり辛い ★★★★☆ わかり易い

・内容が 意識高い ★★★★☆ 基本的 

・範囲が 深掘り的 ★★★★★ 網羅的

・文章が 書きづらい ★★★★★ 論証向き

・司法試験お役立ち度 ★★★★★

・ひとことで言うと「空気を読んでくれる要件事実の教科書」

※なお、以下の書評で登場する頁数等はいずれも筆者所有の本書旧版〔第2版〕です

要件事実の教科書の特徴

 本日、中国出張から帰ってきました~。いやあ、GoogleとLINEが無いとキツいですね。改めて情報プラットフォームの偉大さと、それが無くなった時の恐ろしさーアメリカに支配されとるやんーを感じました。

 さて、本日は、ブログのアンケート(こちら参照・現在50回答ほど)によると最もニーズが高い民法のうち、受験生が避けて通る事のできない関門「要件事実」の教科書の紹介です。初学者にとっては、要件事実って何?状態だとは思いますが、そんなに難しい話ではなく、民法上の権利を裁判で請求等するには、どんな事実を主張すれば良いの?というだけのことです。

基礎知識の振り返り

 要するに、要件事実論とは、民法(実体法)と民訴法(訴訟法)の接着剤みたいなものです。従って、基本的に、これを学ぶには、両法の基礎知識が必要です。その教科書も両法の基本的な解釈を、適宜振り返りって解説しつつ書かなければなりません。「民法177条の第三者の論点ってあったじゃん。これを裁判でどう主張するかっていうとね…」という感じです。

 要件事実の教科書では、この「基礎知識の振り返り」が猛烈に重要です。「どうせ民法&民訴法なんてぜーんぜんわかってないだろう」と踏んで書き進めると、確かに丁寧で分かりやすい教科書となりますが、分厚くなりますし、そもそもそれでは民法や民訴法の教科書と内容が変わらなくなってしまいます。じゃあそっちで良いじゃん。
 反対に、「民法&民訴法、ちゃんと全部わかってるよね!」というノリで書いてしまうと、単なる要件事実として主張すべき事実の羅列となってしまい、薄すぎて、実体法の知識と全く結びつかない単なる暗記リストとなってしまいます。

要件事実の教科書を書くには

  そうすると、要件事実の教科書、及びそれを書く著者の先生がまず備えていなければいけない特質は①「読者(学生)が、だいたい民法&民訴法のどこまでをわかっていているか」という空気読む力です。また、要件事実は接着剤、と言いましたがこの接着剤の眼目は裁判実務を円滑に進めることにあるので、②裁判実務に通暁していなければなりません。

 この2つを備えるのは至難の技でしょう。しかし!①②を両方わかっちゃう先生がいますーそれが、本書の著者の大島眞一先生のように、裁判官(や弁護士)でありつつ、実務家教員として法科大学院に指導にあたった先生です!筆者の法科大学院でも、やはり、(理論としての要件事実論ではなく)要件事実の教育については、実務家教員の先生方の講義がダントツにわかりやすかったです。

完全講義 民事裁判実務の基礎の内容

上下巻構成について

 総論(民事訴訟の構造・訴訟物・要件事実総論)と、各論(各要件事実)を網羅した要件事実の教科書です。なお、下巻は要件事実ではなくその事実をどうやって認定するかー事実認定の教科書です。筆者は、本書の〔第2版〕を使っておりました。その後、大島先生が下記の2冊を出版されました。

新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[入門編]〔第2版〕─要件事実・事実認定・法曹倫理─

新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[入門編]〔第2版〕─要件事実・事実認定・法曹倫理─

 
民事裁判実務の基礎 発展編―完全講義 要件事実・事実認定・演習問題

民事裁判実務の基礎 発展編―完全講義 要件事実・事実認定・演習問題

 

  上記2冊も大変良い本なのですが、タイトルをみてわかるように、上下巻構成(要件事実と事実認定)ではなく、入門&発展というレベル別の構成になっています。「なんだよー大島先生の本だから読みたいけど、受験生にとっては(事実認定も大事だけど)まずは要件事実をやっつけたいんだよー2冊買って読むの大変だよー。上下巻構成のままで良かったのにー。涙」と思ったものでした。多くの受験生もそう思ったのではないでしょうか。

 そんな中、この3月末に上下巻構成の本書が(新法対応で)改訂されていたんですね!いやあぁこれは素晴らしい。本当にありがたいことです。私が法科大学院2年生(法律学習2年目)なら、秒速で買います。

空気読む力

 本書の長所は、上述の空気読む力ー受験生の(特に民法)知識レベルを把握し、適確な振り返り&解説を加えていく力ーが抜群に高いところです。これは、同一の要件事実にかかる記載を、ライバルとなる他書と比較するとわかりやすいと思います。例として、民法177条に基づく対抗要件の抗弁についてみてみます。第三者抗弁説(学説通説)と、権利抗弁説(実務通説)の対立がありますね。

 まずは、150頁と抜群に薄く、文字が「遠足のしおり」や「夏休みの生活」ばりに抜群に大きいと評判のこちらから。

新問題研究
新問題研究要件事実

新問題研究要件事実

 

 (対抗要件の抗弁では、①民法177条の「第三者」にあたること、を主張することが必要であることを簡単に説明して)…加えてどの要件が必要になるかについては(略)

  1. 第三者であることのみで足りるとする考え方(第三者抗弁説)
  2. 第三者であることに加え、所有権を主張する者が対抗要件を具備するまでは所有権取得を認めないとの権利主張をする必要があるとする考え方(権利抗弁説)

がある…(略)1説は、抗弁の要件としては前記のような第三者であることだけで足り、登記具備の事実は再抗弁に位置づけられると解するもので、民法177条の構造に整合するものとも考えられます。他方、2説は、対抗要件の有無を問題とする意思があることを要件として取り出すことによって、当事者の意思を尊重しようとするものと考えられます。(同書73~74頁より要約引用)

 うん。わかったような、わからないような。民法177条の構造に整合するなら第三者抗弁説で良いのでは?権利抗弁説が、「当事者の意思を尊重」っていうけど、第三者抗弁説だって、「俺は第三者にあたるよ!」という当事者の主張を待って法的効果(障害)を発生させてるんだから、当事者の意思を尊重してるじゃん。で、そもそもどっちの説に立てばよいの?

本書

(XがAから土地を譲り受け、占有するYに土地明渡請求をしているという事例を前提に)Yが占有権原としてAとの間の地上権設定契約締結に基づく地上権を主張する場合、Yとしては占有権原の抗弁を主張するつもりであり、対抗要件の抗弁を主張するつもりがないときでも、AY間の地上権設定契約締結の事実を主張すると、当然に対抗要件の抗弁を主張したことになってしまうという問題点が指摘されている。(1説は)対抗要件の抗弁を主張する意思がない場合でも、主張したこととされてしまう場合があり、妥当とはいえない。(略)そこで、2説に立つのが妥当である(本書269頁~より要約引用)

 なるほど!当事者の意思の尊重ってそういうことね。地上権って確かに習ったなあ…。滅多に出てこないと思うけど、思い出してよかった。で、2説が通説なんだね。次に、近時有名な岡口判事の著書(略して岡マ)もライバルですね。

要件事実マニュアル
要件事実マニュアル 第5版 第1巻 総論・民法1

要件事実マニュアル 第5版 第1巻 総論・民法1

 

 ※筆者所有の旧版〔第4版〕

1説では、被告が原告の対抗要件の不具備を問題にするつもりがない場合であっても、被告の第三者性を基礎付ける事実が主張されると、対抗要件に関する抗弁が当然に提出されることになり、対抗要件という法律要件の性質から妥当でない。

▶その具体例につき司研・要件事実(1)250頁、…(略)参照。
▶この批判への反論として、このような場合、①被告に「対抗要件の欠缺を主張する利益を放棄する意思」があったと扱えばよいとする見解(出典略)、②「対抗し得ること」につき被告が権利自白(出典略)をしたと扱えばよいとする見解、③釈明権の行使により対処できるとする見解(出典略)がある。

 具体例が参考文献なのか!それが無いとさすがに(天才じゃない限り)具体例がイメージできないよ~。かといって図書館にいく時間もないよ~。ていうか、2つ目の▶は難しすぎる…。権利自白を思い出せたのは良かったけど。

 と、このように、本書はその全編にわたって、解説の質と量が天才的にちょうど良いです。多すぎず・少なすぎない。

その他の長所

 その他の本書のアピールポイントとしては、まず、網羅性が高いーというより、司法試験にジャストサイズ、ということが挙げられます。上記の新問題研究も良い本なのですが、保証債務履行請求だとか、債権譲渡が絡む要件事実が掲載されていないのは、さすがに不安すぎます。岡マは網羅性は鬼の様に高いですが、2分冊の1400頁程度と、本書(530頁程度)の約3倍の分量で、全部読むのは現実的ではありません。

 次に、本書の解説は分かりやすいのみならずコンパクトで、非常に論証向き、というところも美点です。裁判官の先生が書いたんだから、当たり前といえば当たり前ですけどね。例えば、準消費貸借契約(民法588条)における「旧債務の発生原因事実」は原告が主張立証すべきか、または被告が主張立証すべきか、という点にてついては

 被告説は、借主が旧債務の不存在の主張・立証責任を負うと考えるものである(※筆者注 結論)。準消費貸借契約を締結する際、旧債務の証書などは貸主から借主に変換されるのが取引の実情であり、貸主が旧債務の存在を立証することは困難であることを理由とする(※筆者注 理由付け)。(略)…被告説が相当である。(本書244頁より要約引用)

 そのまま書けますね。この記載で十分だと思います。なお、本書は被告説をとった場合でも、原告において旧債務を特定することを要し、被告がその旧債務が不存在であることにつき立証責任があると解することになる、としています。これも非常に丁寧なありがたい記載です。さらに踏み込んだ解説は、下記高橋概論218頁以下を参照。このように、民法ー民訴法の学習が有機的に繋がるのも、要件事実論の楽しさですね。

 一方で、本書ではわずかながら(2,3箇所かな?)通説と異なる結論をとっている部分もあります。しかしその際も、きちんと通説には言及しているので大丈夫です。大島説に対して岡口先生が岡マで鋭く反論している部分もあり、非常に面白いので是非探してみて下さい。

完全講義 民事裁判実務の基礎の使い方

 このように本書は、空気を読んで適確な解説をしてくれ、網羅性があり、論証向きのコンパクトな文体、と本当に良いことづくめです。要件事実論を一冊しかやらない、というのであれば間違いなく本書がファースト・チョイスだと思います。初級者~上位合格を狙う方まで、幅広くオススメできます。最も、下記の方は不要でしょう。

本当の初学者

 まず、上述の通り、民法と民訴法の基礎知識がないと要件事実論の学習は不可能ないし非効率なので、初学者の方は、当面要件事実の教科書を買う必要はありません。不安すぎてどうしようもない、なるべく早く要件事実に触れたい、という奇特な方(筆者はそうでしたが)は、法律学習1年目後期に民訴法に手をつけ、同時に下記の書籍を読むと良いと思います。

民事訴訟法から考える要件事実(第2版)

民事訴訟法から考える要件事実(第2版)

 

民法が得意な方

 次に、マジで民法が得意だぜ!という方は、いちいち基礎知識を確認してくれなくて結構!と思うことでしょうから、網羅性が高いにも関わらず薄い=難しい、下記の書籍がオススメでしょうか。

紛争類型別の要件事実―民事訴訟における攻撃防御の構造

紛争類型別の要件事実―民事訴訟における攻撃防御の構造

 

 本書を読んでもわからない方

 最後に、本書は民法の基礎知識をかなり丁寧に振り返ってくれる書籍ですが、それでもわからん!という方は、もはや民法の基本書ーの中で、要件事実に対する言及が豊富なものーに戻るしかありません。これ自体は全然ムダな作業ではないので、是非やってください。代表的には、京大系の先生の本です。

 重判が届いたので、次回は勝手にランキングをしてみたいと思っています。

完全講義 民事裁判実務の基礎〔第3版〕(上巻)

完全講義 民事裁判実務の基礎〔第3版〕(上巻)

  • 作者:大島 眞一
  • 発売日: 2019/03/25
  • メディア: 単行本