・説明が わかり辛い ★★★★☆ わかり易い
・内容が 意識高い ★★★★★ 基本的
・範囲が 深掘り的 ★★★★☆ 網羅的
・文章が 書きづらい ★★★★☆ 論証向き
・司法試験お役立ち度 ★★★★☆
・ひとことで言うと「とりあえず担保物権法のファーストチョイス」
※なお、以下の書評で登場する頁数等はいずれも筆者所有の本書旧版〔補訂第2版〕です
令和元年司法試験の雑感
や~始まりましたね司法試験。受験生はまさに命を削って書いてると思いますが、外野からすると「また受けたい」と思ってしまうほど、良い試験だと思います。
憲法の出題形式は予想通り、前年度を踏襲してますね。というより、条件が明確に定められており、さらにわかりやすくなったでしょうか。
次回、憲法の書き方3(正当化以降)で、参考答案を書いてみたいと思います。判例も色々登場させられそうですね。近時のヘイトスピーチ裁判とか。
商法も良い問題でしたね。①条文ちゃんと読んでるか~手続きちゃんと押さえてるか~?、②典型論点、重要判例の射程は検討できるか?、③そもそも会社法とはどういう法律であるか、というこれまた(良い意味での)例年通りの3点セット。配点も素晴らしい。2時間でちゃんと書ききるのは大変ですが、良い問題であることは間違いないですね。③が楽しそうなので、今度検討してみたいと思います。
いずれにせよ、今日が終われば後は短答!頑張ってください。また、試験の結果や疑問点等、コメントで教えてもらえると幸いです。
担保物権法の基本書の役割
まずは物権法
で、書評です。担保物権法が難しい、苦手、という意見をよく聞きます。確かに、担保物権法はテクニカルでとっつきづらい部分もあります。が、得意の毒舌で言えば単に民法が苦手、百歩譲って物権法・債権法が正確に理解できていないために担保物権法もそりゃわからん、というのが理由の1つ目ではないか、と筆者は愚考しています。もう一点の理由は、後述しますが、単に登場人物が多いということですかね。
要するに、①契約によって債権が発生するが、②履行してくれるか不安なので、担保権設定契約を結ぶ、③担保物権は物権なので、物権法の原則が適用されるが、④制限的な物権なので、色々オプションがあります、というのがごく一般的な担保物権発生のシチュエーションです。
ざっくり行ってしまうと、このフローの中で担保物権法が規定するのは④で、あとは物権法と債権法の世界です。特に、物権法の独特(と、非法学部出身者には思える)の規律ー対世効ですとか、対抗要件、共有などーが理解できていないと、その上に積みあがる担保物権法のオプションが理解できるはずはありません。という訳で、まずもって物権法をしっかり理解するのが、担保物権法撃破の近道です。
薄くてもなんとかなる
担保物権法の基本書で定評があるものといえば、
などでしょうが、いずれも厚すぎるんや!民法自体が膨大な情報量なのに、担保物権法にそんな時間割けるか!という方も多いと思います。なお、上記の書籍はいずれも大変良い本です。理論の道垣内、わかりやすさの高橋、辞書の生熊という感じでしょうか。筆者は道垣内先生をよく読みました。
上記の通り、物権法の基本書は、厚く丁寧なもので基礎理論をしっかり身につけるべきです。そして、物権法の基礎がしっかりしていれば、担保物権法の基本書は、薄くても網羅性があれば大丈夫です。
というより、例えば、「土地・建物が共有の場合の法定地上権の成否」という論点を検討するために、いちいち「共有ってどういうことかっていうとね…」という振り返りをしていたら、それこそ担保物権法だけで500頁を超えかねません。
抵当権侵害、物上代位、留置権の成立要件、譲渡担保の法的性質、担保権競合の場合の優劣等の論点は確かに難しく、正確に理解するには、わかりやすく、丁寧な解説が必要です。しかし、初学者にとっては、物権・債権の基本を押さえた上で、「ざーっ」と制限物権の種類と性質を押さえていくことのほうが重要です。
以上から、薄くても網羅性ありという担保物権法の基本書は、(少なくとも筆者のような初学者タイプー時間が無いーには)ニーズがあると考えられるところ、その有力な選択肢となるのが本書です。
担保物権法(松井宏興)の内容
薄くてギリギリの網羅性
本書の美点は、232頁という薄さを実現していることです。冷静に考えると、実務上非常に重要な担保物権が200頁で(だいたい)わかる、というのはすごいことです。それでいて、司法試験に必要最低限の情報を絞り込むことで、ギリギリの網羅性を確保しています。
例えば、下記記事で触れた
「不動産は商事留置権の対象となるか」という論点、さらに請負業者の留置権と、抵当権者との競合についても、きちんと触れられています。この薄さですので、解説が丁寧とは言えませんが、ここまでの網羅性を実現できているのは素晴らしいことです。
ケース・メソッドーGSAB方式
本書は「設例」と題したケース・メソッド形式がとられており、①設例→②基礎理論・判例の説明→③設例の解説(あてはめ)と進んでいくのが基本で、非常に分かりやすいものとなっています。そして、ケース・メソッドが「GSAB方式(筆者命名)」で記載されているのも、本書の特徴です。
前述の通り、担保物権ワールドの特徴は、登場人物が多いことです。お金を貸したXさん、お金を借りたYさん、Xさんに土地を担保として提供したZさん、競売の結果土地を買い受けたAさん… という具合です。XとYが売買契約を締結して、Yが錯誤の抗弁を出す!という契約、民法総則ワールドと比べれば、整理するのが大変です。
複数当事者の関係がある程度具体的にイメージできるため、ケース・メソッドを用いることは有益です。ただ、ケースで解説されても、結局、「で、Aって誰だったっけ…」と脳内で変換するのはやっぱり大変です。本書は、このような苦労を軽減させるため?かはわかりませんが、債権者はGläubigerの「G」、債務者はSchuldnerの「S」、物上保証人や買受人などの第三者は「A,B,C」と人物の表記を統一しています。
さすが法学、ドイツ語万歳!な感じですが、これは慣れるとなかなか楽です。脳内でいちいち「債権者は誰だ?」とやる必要がなくなります。人物関係図を書く時にも「債権者A」とか書かなくて済むので、手間が省けます。潮見先生の基本書でもこのような表記になっていましたので、GSAB方式は松井先生の考案ではないでしょう。が、優秀な表記法なので、できれば、民事法はこの表記で統一してくれれば楽なのに、と思います。
担保物権法(松井宏興)の使い方
初学者~中級者まで
というわけで、薄く・網羅性があり・わかりやすい本書は、司法試験受験生に広くオススメできるものです。鋭敏な問題意識、深い考察を書く紙幅は無いため、中級者以上には物足りないでしょうが、そういう人は道垣内先生を読むか、百選解説を読みましょう。むしろ、本書+百選解説(の一部)だけでも、(下記のような追加的努力をしていけば)司法試験で上位合格を狙えるインプットは可能だと思います。
薄い本は追記して使う
網羅性について
もっとも、網羅性はまさにギリギリで、筆者の法科大学院での先生役だったT君は「や~この本、◯◯の整理が甘いなあ…」等とよく言っていました。当時(学習1年目)はどういう意味かサッパリわかりませんでしたが、2年目後半くらいから、なるほどね、とわかるようになりました。
例えば、上記の「土地・建物が共有の場合の法定地上権の成否」という論点で言えば、(a)土地が共有の場合、(b)建物が共有の場合、があり得ます。本書も、そのように整理して記載されています(本書81~83頁)。
が、勉強の意欲が(ある程度高い人)なら「え?(c)土地・建物双方が共有の場合、もあり得るし、(d)土地・建物双方が共有で、さらに共有者が異なる場合もあるんじゃないの」と想到できると思います。そう。あるんですよ。相続等でこういった事は容易に起こり得ますよね。
…が、本書にそんな記載はありません。しょうがない。だって全体で200頁余、法定地上権は14頁、そのうち共有は3頁だよ。贅肉を削りに削ってガリガリ状態なので、(c)(d)なんて優先度低い情報は載せている余地なし!てか、(a)(b)がわかれば、(c)(d)も自ずからわかるであろう、てなもんです。
というわけで、自ずからわからないー筆者の期待に応えられない受験生は、足りない部分を追記して自分で補っておいた方が無難です。
こんな感じですかね。細かすぎる字で判別不能な書き込みをするくらいなら、男らしく(女らしく)頁を追加してしまうと良いと思います。
解説不足について
薄い本の宿命として、本書も行間が広くなっています。語り口自体は非常に分かりやすいのですが、いかんせん理由付けが4つあるべきところが2つになっていたりするので、これまた紙幅の関係からしょうがないところです(理由付けが減っているのは、論証パターンを起こす時には便利ー書きやすさは高いですが)。
というわけで、理由付け等についても、自分でちょっとでも「ん?そうなるか?」と思ったら、きちんと出典(多くは名著、高木多喜男 担保物権法 (有斐閣法学叢書))に飛んで追記しておいた方が良いです。最低でもやっておくべきことは、下記記事でも触れた
リンク貼りです。論証集の頁番号は必ず記載した方が良いでしょう。また、本書は「民法判例百選I 総則・物権 第8版」や「民法判例集 総則・物権 第2版」の判例番号をふってくれていないので、これは追記しておいたほうが良いです。
定期試験や、(最悪の場合)司法試験で、「え?あれ判例百選掲載判例だったの?」等とのたまうことは本人にとっては悲劇で、司法試験委員会にとっては衝撃です。受験生たるもの、基本書に判例百選掲載判例が出てくれば、即座に百選の該当頁を開くくらいの意気込みはあってしかるべしです。今回の商法もまさに百選+αでしたしね。
というわけで、上記の写真にも、一応上記2つの判例集の判例番号がふってあります。
有力なライバル
本書の、超強力なライバルは、名著
です。しかも最近改訂されたのか!欲しいなぁ。担保物権法部分は約250頁で、本書と同等の薄さです。網羅性・わかりやすさ・書きやすさも拮抗しているので、立ち読みしてピンと来た方を選択すべしです。
筆者としては、安永先生の方がさらに書きやすいと思います。が、筆者の場合、物権法が完全に
の信者(を通り越して崇拝者)となっていましたので、「物権の基本書2冊もいらないや。佐久間先生丁寧で手厚いし。あ、松井先生のほうが結局薄いじゃん」という適当な理由で松井先生にしたという次第です。後から反省して安永先生も買いました。さらに、あらゆる解説が尋常じゃなく分かりやすい(例として事例から民法を考える )慶應の田高先生も入門書を書かれました。
これも改訂か。まあ民法改正ですしね。筆者は同書を読んでいないのですが、 田高先生ですし、良書ぞろいの日評ベーシックですし、ハズレはあり得ないと思います。と、適当なことも言えないのでこんどジュンク堂で立ち読みしてみます。
担保物権法の基本書としては、こんなところでしょうか。参考になれば幸いです。それでは、受験生は引き続き頑張ってください!