※2019年9月24日 記事を分割・改訂しました。
憲法答案の「内容」と「形式」
さて、憲法の書き方、第1回は、出題形式の「リーガル・オピニオン方式」への変更が何を狙ったものなのか、分析しました。結論としては、憲法答案に求められている「内容(What)」は、①学説の基礎的な理解だけでなく、判例の基礎的な理解≒射程の把握≒理由付けと利益衡量の要素の把握を示すこと、②水掛け論ではなく、噛み合った議論を展開すること、であると考えられます。当然のことですが。
と、ここまで書いたところで、(立ち読みで済ませていた)憲法ガールⅡが家に届きました。同書の大島先生の分析によれば、リーガル・オピニオン方式の狙い(の一つ)としては、判例に即した客観的・中立的なアドバイスが求められており、判例学習の重要性がさらに高まっているのではないか、とのことです。筆者の分析もそこまで的外れではなく、だいたい正しそうであったことに安堵しました。
第2回以降は、その「内容」をどう表現するか、という「形式(How)」について考察します。すなわち、型が定まっていないー他の教科と比べて大幅に自由度が高いと考えられている、憲法答案の書き方(というよりフレームワークー作法のようなもの)について検討します。
なお、この「書き方」も、下記書籍に基づき構想した独自の見解なので、正確性はまたしても保証できません。例えば、「憲法の流儀」や、「憲法の急所」、等は(残念ながら)きちんと読んでいませんので、その内容・問題意識は反映できていないと思います。もっとも、定期試験も、司法試験もそこそこ良い成績だったので、それこそ「だいたい正しそう」ではあると思います。
憲法の独特さ
さて、憲法答案の自由度の高さはいったいぜんたいどこから出てくるのかーともう一度考えてみると、多分、条文の抽象度が非常に高い、ということにあるように思います。例として、「お客さんZの依頼により、彫師XがZの右腕にタトゥーを入れたら〇〇法違反で検挙された」という事例について、刑法と憲法を比較して答案の流れを検討してみます。
刑法の場合
Xの罪責如何!
条文選択
「タトゥーってなんだかんだ言って痛いしな」というわけで、割と素直に傷害罪の条文に到達することができます。
刑法204条 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役…に処する。
(構成)要件該当性
次に、条文の要件(構成要件)を順番に見ていきます。Zは「人」で、その右腕は「身体」だな。これは中学生でもわかりそうだ。「傷害」は解釈問題ですが、通説的には、人の生理的機能を侵害すること、とされています。まあ、タトゥーを入れると、感染や衝撃等から内部組織(筋肉・骨)を保護する、という皮膚の生理的機能が僅かながら侵害されることは認めざるを得なそうですから、タトゥーを入れる=傷害と考えても良さそうです。なお、上記の皮膚の生理的機能は適当ですので、お医者さんに聞きましょう。ここまでが「構成要件」というセクションですね。
正当化事由
よっしゃ!構成要件に該当した!でも、有罪にして良いのかな。今回は被害者?のZさんの依頼だよね。自分の身体という保護法益を放棄してるじゃん。それに、タトゥーってファッションや自己表現の一環として、社会的にもそれなりの地位を得てるよね。被害者の同意等、行為(結果)の違法性を阻却する要件として設けられているのが違法性阻却事由(正当化事由)であり、その有無を検討するのが「違法性」というセクションです。
最後に、責任阻却事由を検討して、いっちょあがり!とまあ、刑法の答案は非常にクリアかつソリッドな枠組みであり、受験生にとってはこの上なくありがたい学問と言えそうです。
憲法の場合
Xは医師法違反で起訴された。あなたがXの相談を受けた法律家甲であるとした場合、憲法上の問題点について、どのような意見を述べるか、いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確にした上で、参考とすべき判例や想定される反論を踏まえて論じなさい。
条文選択・要件該当性
もう、ここから迷路がスタートします。や~彫師は「職業」にはあたるよなぁ。
22条1項 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
いやちょっと待て。Xは既に彫師だったから、職業「選択」の自由が害されたとは言えないんじゃないか。っていうか、タトゥーを彫る行為は、彫師Xにとっても、お客さんZにとっても「表現」にあたるのでは?
21条1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
うーん。どっちも当たりそうだ。どっちの順番から書くんだ。どっちを手厚く書くんだ。よくわからん。条文がわからんのだから要件にあてはまるかもわからん。あ!時間がない。まあいいや、とりあえず、職業選択と表現の自由が侵害されたことにしておこう。という感じで、「なんとなく」「だいたい正しそうな」条文選択(基本権選択)がまかり通っています。刑法でこんなにゆる~く構成要件該当性を認めたら、教員に烈火の如く怒られそうですね。
正当化事由
ふぅ。公共の福祉により人権侵害が正当化されることがあるんだよな。で、正当化の要件は?これも実はよくわかってない。とりあえず、表現の自由は精神的自由で壊れやすい、超大事、よって厳格審査基準!ふーむ、そうすると、別に医師法違反で検挙しなくても、よりソフトな行政指導でなんとかなりそうだから(適当なLRAの創作)、違憲ではないか、と。
翻って、職業選択の自由はどうか。これは一応経済的自由だよな。人格形成に資するから重要って話もあったけど、まあ、表現の自由とバランスとるために合理性の基準に切り下げとくか。そうすると、これもまあ国会(行政庁)の裁量かな。合憲。でも大丈夫、教授には怒られない。だって、表現の自由で違憲にしといたからね。
いったんまとめー憲法答案の自由さ
割と、こんな答案になってしまう人は少なくないんじゃないでしょうか。筆者も最初はこんな風でした。そして、想定される答案の「型」も、①21条1項推し、②22条1項推し、③両方推し、に加えて、結論も④違憲、⑤合憲とあるわけですから、てんでバラバラ自由奔放となります。なお、タトゥーを施術されるZにとっては、自己決定権(13条)の制約ともなり得ますが、これについては、面倒くさいので割愛します。
しかし、冷静に考えてみると、上記の様な答案は、クリエイティブという意味で自由なわけではなく、単に放し飼いにされて何が何だかわかっていないだけです。私なりの結論としては、憲法答案の自由度が高い、というのは単なる誤解に過ぎません。実際は条文選択・要件導出が難しいのでフワフワしてしまい(以下、このことを二重のフワフワと呼ぶ)、どこに何を書こうがまあいいや!自由に書いてやれ!となっているだけです。刑法答案の自由度が低い、というのと好対照です。常識的に考えれば、憲法も法なのですから、A適切な条文の摘示→B明確な要件の導出(規範定立)→Cあてはめをきちんとしなくてはならないことは言うまでもないわけです(下記記事も参照)。
従って、憲法答案の「書き方」としては、まず刑法なり(別に民法でも何でも良い)を参考にして、マトモな要件あてはめ型の思考・書き方に戻すー二重のフワフワから脱脱却する、ということが大切です。
そのためには第一に、条文選択という(刑法であれば)明確に判定すべきものを、フィーリングあるいは野生の勘で判定してしまう、というところを直す必要があります。今回は、条文選択ー憲法では、条文=基本権ですから、権利選択、ということもありますーをどのようにすべきか、について検討します。
第二には、全く同様に、基本権侵害の正当化事由についても、なんとなくの要件(違憲審査基準)は出てくるのだけど、なぜその基準・要件になるのか、これまた、事案の事実から離れてフィーリングで決定しているため、結果的に要件事実が何かもわからず、あてはめも空想小説となるーというところを改善しなくてはなりません。これについては、憲法の書き方3(保護範囲・制約)で扱います。
他科目の条文選択から学ぶ
さて、憲法での条文選択をどうやってビシッと決めるかを検討するために、なぜ他の科目ー民法や、刑法などーでは、条文選択がスムーズに行くか、について考えてみます。なお、条文選択を含む問題発見のトレーニングについては、下記記事もご覧ください。
1. 一に条文、二に判例、三に学説
法律家である以上当然のこの意識が、何故か憲法の場合は育たないという問題があります。まあ他科目でもこの意識が身につかないと非常に感じの悪い答案になるので、筆者としては論証集にひたすら条文を書き込むことをおススメしています(下記記事参照)。
という訳で、他科目よりさらに条文選択が難しく、意識が甘い憲法においては、意識的に、というより死ぬほど「条文書き込み」をやらなければならないわけです。筆者の場合は、最初は百選を簡略化してまとめノート(論証集)を作ってやろうという野望に燃えていました。そこで、こんな感じで百選をバラし、かつ条文ごとにインデックス化していたのでした。
と、そこに救世主のごとく「憲法の地図」ー条文と判例(論点)の紐づけまとめ本ーが現れたので、「そうそう、これこれ。これが欲しかった。でも俺の差別化的勉強法が台無しや」と、嬉しくも悲しい気持ちになったというわけでした。
という訳で、(本記事を含む)本ブログの「憲法の書き方」の記事は、ほとんど同書の書評と化しています。同書を手許におきつつ本ブログを読むと、「ははん、そういうことか」と首肯できるーというより、なんだ、憲法の地図でギリギリ司法試験乗り切っただけじゃないか、とお分かりになるかと思います。
2. 慣れー誘導に気づく
こちらも重要な問題なので、敷衍します。例えば民法で、
XはYに甲土地を売ったが、Yは未だ登記を経由していない。Zは、かかる事情を知りつつXから甲土地を買った。
というような問題文があると、「はは~ん、民法177条(背信的悪意者)の問題だな」と、スムーズに条文選択ができるわけです。要するに誘導にのれるわけです。しかし!なぜ民法では誘導にのれるのに、憲法では誘導にのれないのでしょうか。
「いや憲法の誘導はマジ分かり辛い」など、色々な意見があるかと思いますが、よくよく考えると、初めは誰でも、民法の誘導さえのれなかったはずです。筆者が初学者(法律学習開始後約3ヶ月)だったころの話、主観的にとてつもなく尊敬しており、客観的にも次世代のエースである民法の某教授との会話を思い出しました。
私:先生、本問ではなぜ(僕以外の皆は)709条に飛びつけるのですか。415条で債務不履行責任を問う、と構成することも可能なのではないですか。
先生:あーそれね…。慣れですよ慣れ。大丈夫、あなたならすぐ慣れますよ。
私:えっ!?
ロジカルであることについては国士無双の同先生から、あまり論理的でない返答があったので私はかなり戸惑いました。が、反対に言えば、そんな先生でも誘導に乗れるかどうかは、「慣れ」と答えるわけです。まあ、英語で「どうやったらmとn、lとrを聞き分けられますか?」と聞かれたときの答えと同じです。結局、こればかりは数多くの演習問題をこなす、そして演習問題の母体たる判例(下級審含む)を読む、という地道な努力で掴むしかありません。
そして、皆さん胸にじっと手をあてて考え欲しいのですが、結局のところ、誘導に乗れないーという苦情の出る憲法・行政法については、(民法・刑法に比べて)演習・判例読解が不足しているのではないでしょうか、と私は思います。
そんなこたない、憲法判例百選も通読した、民法の判例を読んだ回数と変わらない、でも(以下略)という意見もあると思いますが、それは判例の読み方ー脳内への格納方法がまずいわけです。筆者も上記の通り、判例百選は2通読しても全く使えなかったし。背信的悪意者の判例を読む際、それが民法177条の「第三者」の問題であることを疑って読む人はほとんどいないと思います。しかるに、憲法では、著名判例ー例えば、東大ポポロ事件にでもしましょうかーが、どの条文のどの文言についての解釈問題か、即答できる受験生が少ない、ということが問題なわけです。
という訳で、憲法・行政法については、下記記事も参考に「慣れるため」の判例読解を繰り返すことをおススメします。
憲法の条文選択のコツ
以上の学習はこなした前提で、さらに憲法の条文選択をミスらないための方法論を考察します。3,4に関しては一般論ですが、5は筆者独特の方法なので、良い子は真似しないようにしてください。
3. 原告が何を求めているか
最も重要なのがコレです。上述の通り、憲法の条文は抽象度が高いー守備範囲が鬼のように広くみえるーので、その気になればどの条文でも引用できそうな気持ちになります。しかしながら、憲法訴訟(多くの場合、取消訴訟や国賠訴訟)は、俗に言ってしまえば、あんまりお金はとれない訴訟です。冷静に考えてみると、多額の費用と多くの時間を費やしてまで憲法訴訟をやろうなんていう原告は、よっぽどの変人か、「自分はこれが不満なんだあぁ」という熱い想いがあるはずなのです。その想いを素直に実現してあげましょう。代表的な例で言えば、平成27年司法試験がありますね。
Bは、(中略)大きな違いがあるにもかかわらず、Cと自分を同一に扱ったことについて差別であると考えている。また、Bは、(中略)Dらが正式採用されたにもかかわらず、(中略)正式採用されなかったことについても差別であると考えている。
前者(Cとの同一取扱い)については、どうやって構成しようか~と悩む受験生も多かったはず(筆者もそう)ですが、依頼者Bが差別だというんだから、差別だ!まっすぐに憲法14条!というのが間違いのない条文選択です。
4. 勝ち筋の条文を選ぶ
次に重要なのが、勝ち筋ー勝ちやすい権利(条文)を選ぶ、という考え方です。これは、ローの教授なども強調するところかもしれません。とはいっても、まず重要なのが3なことには重々ご留意ください。負けたくて憲法訴訟を起こす人はほとんどいないはずですから、ウンウンうなって考えても「原告が何を求めているか」がわからなかった場合、次に頼るすべは「原告を勝たせるにはどうすればいいか」です。
そして、原告は多くの場合、違憲を主張立証することで勝つという設定になっていますから、これは実質的には「違憲判決を勝ち取れそうな条文」を選択する、ということに他なりません。そうすると、一般的ーというより憲法の基礎理論たる二重の基準論的には(ここが重要…)、厳格な審査基準を採用できる条文ー精神的自由(13条、19条、20条、21条等)>経済的自由(22条、25条、29条等)となり、精神的自由の中でも表現の自由(21条)は最強、となる訳です。
しかし!この方法論を徹底すると、何でも表現の自由に引き付けて書いてしまえ!という答案が生まれるリスクがあります。前回の記事で、主張・反論形式の弊害について書きましたが、その中で漏れていたなーと思うのが、この、「猫も杓子も厳格基準答案」です。この手の答案は、適切な条文選択と想起すべき判例が念頭に無いことが多くーそれゆえ、学説 vs 学説答案ともなりやすいように思います。
5. 判例から逆算する
これが筆者独自?いややってる人結構多いかな、と思う方法論です。通常の思考パターンは、①争う行為(行政処分など)の確定→②条文選択→③依拠すべき判例の確定というものだと思いますが、筆者の場合は、(大げさに言えば)①争う行為の確定→②依拠すべき判例の確定→③条文選択と思考していました。前回の記事でも触れた通り、司法試験委員会は判例の内在的理解が伺える答案を求めており、その傾向は強まっています。そして、実際の司法試験の設問では
「参考となる判例」という客観的な表現でなく、「参考とすべき判例」という主観的な表現となっていることです。どの判例をひっぱってくるべきか、自分で考えろ(前回記事より引用)
となっている訳ですから、とにかく、躊躇せず、積極的に判例を踏まえた論述をしていくことが高評価につながると思います。というか、筆者はそう思っていました。この考え方を純粋化すると、むしろ、A:問題文の事実からして、B:違和感なく、C:判例が引用できそうな、D:条文を選ぶ、という思考となります。極論かもしれませんが。
上記の、「お客さんZの依頼により、彫師XがZの右腕にタトゥーを入れたら〇〇法違反で検挙された」という事例で考えてみると、薬事法違憲判決や、について上手に引用できそうな以上、職業選択の自由ー憲法22条は必ず書く、というよりむしろメインの争点にしても良いのではないだろうか。むしろ、表現の自由(21条)で柔道整復師法違反事件はうまく引用できるのだろうか?同判決は、広告規制だったよな…、と考えていくわけです。
いったんまとめ
…とまあ、条文・権利選択についての筆者の基本的な考え方は、こんな感じです。抽象的な話が続いたので、やや分かり辛かったかもしれません。次回は、条文・権利を確定した後の作法のうちの一つ、防御権における保護範囲・制約セクションについて書きますが、そこで参考答案(的なもの)を示すことで、具体的な書き方のイメージをもってもらいたいと思います。
この記事の続編はこちらです↓