・説明が わかり辛い ★★★★★ わかり易い
・内容が 意識高い ★★★★☆ 基本的
・範囲が 深掘り的 ★★★★☆ 網羅的
・文章が 書きづらい ★★★☆☆ 論証向き
・司法試験お役立ち度 ★★★★☆
・ひとことで言うと「基本書よりわかり易い判例集」
更新が大変遅くなりすみませんでした。さて、筆者は下記記事の通り、久保田教信者(一方通行)なのですが、
同先生らによる本書は、会社法が苦手な方&初学者に超!おススメできる判例集でしたので、紹介したいと思います。もっとも、旧来の「The・判例集」とはコンセプトも内容もちょっと違います。まずは、「そもそも判例集って何ぞや」について少し考えてみてから、書評したいと思います。
判例集の役割
判例集不要説
法律学習を開始すると、まずは①六法、②基本書、③判例集(多くの場合判例百選)を買うのが基本です。まあ法律学だからね、法律そのものは必要でしょう(①)。法律って抽象的で何書いてるかよくわからないからね、解説書も必要でしょう(②)。
と、ここまではわかるのですが、何故に③判例集、という別カテゴリーの本を買うのか、どう学習に活用するのか、最初の半年くらいはサッパリ意味がわかりません。誰もそういうこと(教材の活用法)をマニュアル的に教えてくれませんよね。初学者の困るところです。実際、何のために百選開いているのか、よくわからない方も多いのではないでしょうか。
そもそも、判例を読むことで何を学ぶのか、ということですが、一義的には、(ある条文の解釈として)判例が示した規範とその理由付けを学ぶことにあると思われます。
しかし、それだけならば、基本書で判例をバンバン紹介してくれれば済みそうです。
実際、筆者の刑法の学習は、判例をバンバン紹介してくれる
を使用していたため、刑法の判例百選は一読したのみ。判例の詳細な事実関係が知りたくなったら、判例刑法 総論などにあたっていました。
判例集の生き残り戦略
しかも近時は、日本評論社の「基本〇〇」シリーズ(基本行政法など)を筆頭に、ケーススタディの基本書も非常に充実してきています。基本書の「判例集化」が進んでいるわけですね。じゃあ判例集はどんなコンテンツにすればいいの、ということですが、これには大きく言って2つの方向性があるように思います。
- 基本書との違いー事実関係、判旨を長めに引用できるという長所を活かして、判例の思考フレームやあてはめの方法をより詳細に示したり、理由付けを詳細に分析することで、判例の射程を明確にしていく
- むしろ、より基本書に近づけるー基本的な判例を丁寧に解説し、判例と判例の連関・相違を示すことで、体系的な理解を促す
換言すると、1.は「事実に対する法適用の実際」を強調して、演習書に近い役割を果たす、「演習書型の判例集ー書くための判例集」です。おススメの書籍として、下記のものがあります。
2.は「体系的な法解釈の実際」を強調して、基本書に近い役割を果たす、「基本書型の判例集ーわかるための判例集」です。
なお、同じ「判例集」でも色々なコンセプトがあることからわかる通り、「これ一冊である科目の学習が完結する魔法のテキスト」は(予備校本を除けば)ありません。様々な役割をもつテキストをうまく使いこなす「チームワーク」が重要なことについては、下記記事もご覧ください。
会社法判例40!の内容
本書は、この2.を狙った判例集ー「基本書型判例集」です。本書のはしがきによると、
「通読できる判例教材」「エッセンスをつかめる判例教材」
が狙いとのことで、下記の通り、様々な工夫により、それが実現されていると思います。
とにかく薄い
最近のテキストのトレンドですが、150頁と薄いです。B5版(百選と同じサイズ)ですが、フォントが大きめで、密度も百選比50%程度?なので、百選(230頁)と比べると1/3~1/4の情報量です。説明が極めてわかり易く読みやすいので、体感読みやすさ?でいうと、百選比5倍以上です。1日~2日で十分読めます。やはり薄さは正義です。
判例をうまく「まとめる」
判例集を薄くするための方法論としては、
- A 判例の解説を減らす
- B 判例の掲載数を減らす
の2つがあると思います。敷衍しますと、Aのタイプは解説を「判例の考え方がわかる」ギリギリまで絞り込み、判例の掲載数をなるべく減らさないことで、判例のカバーする範囲の網羅性≒当該法分野の体系的理解を実現しようとするものです。代表的な書籍としては、「新・判例ハンドブック 憲法」や、「判例フォーカス 行政法」などがあります。
これに対して、Bのタイプの書籍は、判例数は大胆に減らすけれど、むしろ解説を充実させることで、「判例と判例の間の知識」を補おうとするものです。代表的なものとしては、筆者おススメの「基本判例に学ぶ刑法」などがあります。
本書は、Bのタイプの判例集なのですが、まずもって、掲載判例のチョイスが(良い意味で)独特で、しかも的確だと筆者は思います。例えば、「株主総会」という項でみますと、
- 判例百選は 13判例+Appendix5判例=だいたい15判例分くらい
- 本書は 5判例
と3分の1です。「百選には掲載されている判例がどんどんと抜かれていく」のは想定通りなのですが、面白いのは、判例数が3分の1になっているのに、「百選には掲載されていない判例が足されている」場合もあることです。せっかくなので、例を挙げます。「株主総会」の項ですと、
- 株主総会における議決権の代理行使(最判昭和51年12月24日)
が足されています。(最判昭和51年は百選掲載判例ですが、百選では「決議取消しの訴えにおいて、取消事由の追加ができるか」という別の争点がクローズアップされています。)さて、なぜ同昭和51年最判が「足されている」のかというと、
- (初学者には)「そもそも定款で代理行使を制限できるか?」については、「合理的な理由」「相当程度の制限」という百選32(最判昭和43年11月11日)をサラッと説明すれば足りる。
- むしろ、「じゃあ合理的な理由による相当程度の制限って、具体的にはどんなもの?」「株主総会の攪乱防止のため、代理人は株主に限るよ。という定款がある場合、株主以外が議決権を代理行使したら、常に定款違反になっちゃうの?」…など、具体的な適用場面を教えてもらった方がわかりやすいでしょう。というか、判例集の長所はそこにある。
- という訳で、地方自治体の職員や、会社の従業員が議決権を行使した事例である、昭和51年最判をメインで紹介。百選32(最判昭和43年)は、解説で説明することで割愛。
…という配慮によるものだと思います。この例からも明らかですが、本書は、初学者が判例法理を一貫して理解できるようにするために、複数の判例をうまく1つの判例解説に「まとめて」います。「株主総会」の項でいいますと、他にも、
- 取締役の説明義務
については、一括解凍が問題となった東京高判昭和61年2月19日(百選35)ではなく、東京地判平成16年5月13日(東京スタイル事件)が掲載されています。そして、百選32ももちろん、解説で触れられています。
基本書よりわかり易い
「基本書型判例集」の本書にとっては、解説の部分が最大の売りであり、単なる「判例解説」ではなく章立て、コラム等を駆使して最大限のわかり易さが追求されています。
章立て
まずこれが超・重要です。だいたい会社法の基本書&判例集は、
- 法人とは何か
- 法人をつくるー設立とは何か
から始まるのが相場です。この2つは確かに会社法の独自性が強く現れるところで、突き詰めて考えると死ぬほど面白いのは間違いありません。が!現実の利益衡量というよりも抽象的理論が先行しがちな分野でもあり、まあはっきり言って難解です。皆さんご経験のように(笑)、この時点で会社法を嫌いになる人続出、という訳です。
本書は、Ⅰガバナンス(企業統治ー機関法)、Ⅱファイナンス(資金調達ー株式、計算法)、ⅢM&A・設立、というわかり易い(であろう)順番に並び替えられています。要するに、Ⅰ会社ってどうやって運営するの、Ⅱ会社はどうやって資金を集めて利益を分配するの、Ⅲ会社が結婚したり死亡したり生まれたりするのはどうやってやるの、という順番ですね。
残念ながら、「法人とは何か」ー会社の目的の範囲にかかる八幡製鉄事件ーは本書の他の部分のどこにも回せなかったようですが、本書の章立て・各判例の割り振りは、現在の会社法の判例集の中で最もわかり易いものと思います。
Introduciton
次に、上記の章立て及び項目分けー例えば、1.法人、2.株主総会、3.取締役、4.取締役会、5.役員の会社に対する責任の各項目の前にはIntroducitionという1頁~2頁の解説が付されています。これは、条文とその制度趣旨そのものに関する解説と、「これから紹介する判例が、どの条文(制度)のどの点の解釈につき争いになったか」についての解説から構成されています。このIntroducitonそれ自体もわかり易いのですが、それ以上に、判例を読む前に前提となる制度をきちんと復習することで、判例そのものの理解度だけではなく、「判例と判例の間の知識」-会社法の各制度の体系的な理解度が格段に違ってくるような気がします。
じゃあなんで判例百選はそれを割愛しているの、という疑問ですが、後述の通り、判例百選は基本書との併読を当然の前提としているからですね。
図表の活用
トドメですが、判例解説それ自体も極めてわかり易いです。特に、B5版であるー紙面が広い!ことを利用した、図表による解説が秀逸です。「あ~知ってる知ってる。M&Aの会社や株主の関係図みたいなやつでしょ。基本書にもよく載ってるよ」と思ってしまいそうですが、本書の工夫はそれ以上です。
な、なんと!(と溜めるほどのことではないですが)
- 内部統制システム構築にかかる取締役の責任(百選だと52)
について、当該被告会社が、具体的にどのような内部統制システム(本件でいうと検収システム)を構築していたか、図表で説明しています(本書56頁)。要するに、会社勤めの経験があれば誰でも見たことのある「組織図」+αなんですが、これで内部統制システムを説明するととてもわかり易いんですねぇ。目から鱗。
同判例は知っていても、具体的にどのような内部統制システムだったか、最高裁はどういった点に着目して内部統制システムの構築義務を果たしていたと判断したかについて説明できる受験生はほとんどいないのではないでしょうか。
さすがにこの図表を引用するわけにはいかないので、是非立ち読みしてみて下さい。
会社法判例40!の使い方
向いている使い方
という訳で、「わかり易い」を連発してしまいましたが、本書の内容を一言でまとめると、「基本書よりわかり易い(可能性のある)判例集」です。
従いまして、最も効果的な利用方法は、会社法が苦手 or 初学者の方が、会社法全体を見渡すために、とりあえず買って一読する!というものです。同様の用途(の基本書)としては、ストゥディアシリーズの会社法がありますね。
上記の通り、早くて1日、遅くて3日で読了するはずですので、「とりあえず買って一読」で損することはほとんどないと思います。
また、中級者以上、会社法が好きな方にとっても、「1日で終わる判例復習」といった用途や、新進気鋭の先生方の鋭い問題意識(余白欄の付記に垣間見られます)に触れるといった用途で読むことも十分価値があると思います。
向いていない使い方
もっとも、本書は上記の「演習書型判例集」ではないので、すぐさま書けるようになりたい!という方には、(おとなしく)演習書をおススメしたいところです。この点は、姉妹書でありながら「この判決が示したこと」というまとめによって要件導出を試み、射程についての言及が豊富な憲法判例50! (START UP) とは大きくコンセプトが異なるように思います。なお、同書も超おススメです。
何度もクドいですが、様々な役割をもつテキストをうまく使いこなす「チームワーク」が重要です。色々な判例集がどんな役割果たしうるか、(かなりザックリですが)マトリックスにしてみました。あくまで一例ですが、参考にしてみて下さい。