・説明が わかり辛い ★★★★☆ わかり易い
・内容が 意識高い ★★☆☆☆ 基本的
・範囲が 深掘り的 ★★★★☆ 網羅的
・文章が 書きづらい ★★★★☆ 論証向き
・司法試験お役立ち度 ★★★★☆
・ひとことで言うと「民訴の難問対策本」
要件事実論は何のためにある?
要件事実論は、民法や、民事実務といった講義で扱われることが多いと思います。あぁこれは請求原因ね、これは抗弁ね、と要するに主張立証責任の所在を教えてもらって満足。というやつです。
しかしながら、そもそも要件事実(主要事実)は民訴法上の概念です。実体法上の権利義務の所在を訴訟で明らかにする際に、どんな事実を主張するのか、という問題です。
要件事実論により、弁論主義が適用される主張は~だ、既判力に抵触する主張は~だ、ということが具体的に理解できるようになります。というか、なるはずです。
幸い、私の修了した法科大学院では、民訴法の先生がかなり丁寧に要件事実論に言及しながら講義を進めてくださいましたが、一般的には、要件事実を「切り口」として民訴法の基礎概念を解説する基本書はみたことがありません。
民訴法のケース・スタディ
閑話休題。民訴法に限らず、「法律学の勉強では抽象、具体の循環、相互補強を試みなければな」りません(高橋宏志「民事訴訟法概論」(2016年、有斐閣)12頁)。この記事も読んでみて下さい。
しかしながら、「だったら具体的な事例(ケース)を使って解説してくれ!」と思うのが受験生です。実際、民法、刑法、行政法では非常にわかりやすいケース・スタディの基本書がありますし、
ケース・スタディとまではいえなくとも、判例の事実、判旨の長い引用により、具体的な事例をイメージさせることに注力している基本書も多いです。
にも関わらず、民訴法のスタンダードな基本書は、ケース・スタディ方式のものが少ないように思います。民訴法は理論面が重視されており、やや概念法学≒演繹的だ、ということの現れでしょうか。とにかく、これが、民訴法の基本書を難しい、眠い、と感じさせている要素の一つだと思われます。
裏から言えば、それ故に、民訴法の学習においては判例百選の読み込みは超・重要とされているわけです。
論点精解 民訴法の内容
ケースから理論を学ぶ
本書は、以上の2点を解決し得る、非常に明確なコンセプトで書かれています。すなわち、私の適当な言葉で言えば、「最高裁判例を題材として、これを要件事実論でバラバラにして分析することにより、弁論主義等の民訴法の基礎概念がどのように働いているかを丁寧に解説していく副読書」です。
これにより、ふわふわしていた民訴法の基礎概念の理解がビシッと固まります。
うーん、かなりアバウトですね。具体的に本書の一部を要約し引用しつつ、その魅力を伝えたいと思います。なお、筆者は本書の旧版にあたる、民事訴訟の基本原理と要件事実 しか所持していないので、同書の頁数を表記します。
民訴法は具体的な事例を想像し辛い
処分権主義と、訴訟物理論
さて、処分権主義の定義は何ですか、と聞かれて答えられない受験生はいないと思います。「当事者がその意思により、訴訟を開始し、審判対象を設定し、及び訴訟を終結させることができる原則」というような感じでしょうか。判決の場面では民訴法246条があります。
そして、審判対象たるー訴訟物とは、旧訴訟物理論によれば、「原告の主張する特定の権利関係」という定義で良いでしょうか。
このように、民訴法上の基礎概念についての抽象的な理解は、誰しもが(一応)できていると思います。
具体的な事例
翻って、処分権主義や、訴訟物理論が問題になるケースにはどういったものがありますか、と聞かれて答えられない受験生は多いでしょう。「原告が不法行為に基づく損害賠償を請求したのに、裁判所が債務不履行に基づく損害賠償請求権を認めた」などは、旧訴訟物理論によれば処分権主義違反であり、新訴訟物理論、又は黙示の選択的併合を認めれば処分権主義違反となりません。が、こんなに典型的かつ簡単な問題が出題されるわけはありません。
結局のところ、具体的な事例はイメージできません。民訴法がわかったような、わからないような感覚になる理由がここにあります。
最判昭和32年12月24日の分析
本書(旧版)60頁以下は、ある最高裁判例を題材に、処分権主義が具体的にどう働くのか、訴訟物理論の違いにより結論がどう変わるか、を解説します。
請求原因
事案はシンプルで、土地の買主Xが、売主Bが土地の登記を移転してくれないので、解除に基づく原状回復請求権(民法545条)として、内金(手付金)300万円の返還を請求した、というものです。
抗弁
これに対して売主Yは、そもそも土地の売買契約は、合意解除した、と主張しました。Xは、Yのこの主張を否認しました。
原審の判断
原審は、Yの合意解除の主張事実を認定しました。売買契約が解除により遡及的に無効であれば、その解除に基づく原状回復請求権は発生しようがありません。よって、Xの請求は棄却されました。
Xの上告理由
Xは、Yの主張通り売買契約が合意解除されたなら、どちらにせよ交付した内金300万円は返してもらえる筋合いなのに、その返還を命じなかった原判決には理由不備の違法がある、と上告しました。
最高裁の判断
最高裁は、Xの上告を棄却しました。曰く、売買契約が合意解除されても、民法703条以下の不当利得返還請求権が発生するのは格別、民法545条の原状回復請求権は当然には発生しない。しかも、Xは原審で合意解除の事実を否認していて、不当利得の返還請求をしていない。よって、原審が内金300万円の返還を命じなかったのは当然である。
本書の解説
具体的事例に即した理論の説明
本判決より、最高裁が旧訴訟物理論に立つのは明らかです。そして、旧訴訟物理論によれば、民法545条の請求権と民法703条の請求権は別の訴訟物であるから、処分権主義により、主張のない後者につき判決することはできません。もっとも、給付を求める法的地位ないし受給権を訴訟物と捉える新訴訟物理論によれば、売買契約に基づいて交付された内金の返還を求める地位は1つですから、処分権主義違反の問題は起きないことになります。
要件事実論による分析
さらに本書は、本判決の双方の主張を要件事実として整理することにより、不利益陳述と処分権主義の関係を明らかにします。
すなわち、Yの抗弁(合意解除)は、Xの不当利得返還請求(民法703条)の請求原因事実となることから、(Xに主張責任がある要件事実をYが主張するという)不利益陳述となります。そして、主張共通の原則から、このYの不利益陳述は訴訟資料になり得ます。
にも関わらず、最高裁は民法703条の請求権は(処分権主義のため)認定できない、としています。すなわち、Yの不利益陳述が、Xの訴訟物である民法545条に基づく請求権を飛び越えて、民法703条の請求権を発生させることはない、と判断しているのです。
すなわち、これを裏から説明すると、不利益陳述はあくまでも処分権主義の範囲内でしか発生しない、ということになります。
論点精解 民訴法の使い方
以上のように、本書は他書にないコンセプトで民訴法の理解を深めてくれます。語り口も超・論理的で、かつわかりやすいもので(著者の田中豊先生は、最高裁調査官経験者です)論証パターンにもバッチリ転用できます。
なにより、本書を読むと、多少の難問にあたっても、「訴訟物を明確にして、双方の主張を要件事実に分解すれば『何か』とっかかりはつかめるだろう」という自信がつきます。これは大きいです。
もっとも、本書は、「最高裁判例を」「①要件事実論で分析することにより」「②民訴法の基礎概念が」「どのように働いているか」を分析する、という高邁なコンセプトに基づいています。従って、①要件事実論と、②民訴法の基礎概念については、一定度の学習は終わっていることを前提としています。①②についても、美文の解説頁が設けられており、田中先生としては「基礎から教えるよ!」というご趣旨のようにも受け取れます。しかし、何しろやっている作業が高等ですから、要件事実と民訴法の基礎概念についての学習を終えた人が読んだ方が無難です。
そこのところさえ気をつければ、具体的な事例での構想力・展開力がつきますし、類書がありませんので、非常にオススメできる一冊かと思います。司法試験が終わってから読んで見るのも良いと思います。
なお、上記の通り私は旧版を読んでおり、それでも網羅性は結構確保されていたのですが、本書は、訴訟承継、判決によらない訴訟の終了、既判力の主観的範囲を増補したとのことです。いずれも、非常に司法試験に出やすい論点かと思いますので、余計に本書の魅力は高まっていると思います。私も買わなければ…。また奥さんに相談です。