だいたい正しそうな司法試験の勉強法

30代社会人。「純粋未修」で法科大学院に入学し、司法試験に一発合格。勉強法・書評のブログです。

ケースブック行政法〔第6版〕と行政法判例の学習方法

ケースブック行政法 <第6版> (弘文堂ケースブックシリーズ)

ケースブック行政法 <第6版> (弘文堂ケースブックシリーズ)

  • 作者: 稲葉馨,下井康史,中原茂樹,野呂充
  • 出版社/メーカー: 弘文堂
  • 発売日: 2018/03/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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・説明が わかり辛い ★★★☆☆ わかり易い

・内容が 意識高い ★★★☆☆ 基本的 

・範囲が 深掘り的 ★★★★☆ 網羅的

・文章が 書きづらい ★★★★★ 論証向き

・司法試験お役立ち度 ★★★★★

・ひとことで言うと「行政法の判例集は絶対にこれ!」

※2019年9月18日 コメントでのご質問を受けて、加筆しました。

判例を「読めば」答案は書ける!?

 私が法科大学院1年生(法律学習1年目)のとき、外国で、新進気鋭の行政法の研究者の先生に出会いました。私同様、非法学部出身で、司法試験も合格しており、超・優秀な先生でした。

私「先生の頃は、演習書って無かったですよね」
先生「うん」
私「行政法の答案、どうやって書けるようになったんですか?」
先生「え… 判例を読めば書けるようになるよ

 そんなわけないやろー!と、1年目の私は思いましたが(遠い目)、今振り返ると、確かに判例を読めば書けるようになるなーと思います。問題は「読めば」の部分にあります。読む対象と、読む方法に気をつければ、判例を読めば書けるようになります。

行政法判例の学習はちょっと特殊

 判例集を買って、判例を学ぶ意義にも色々とありますが、憲法と行政法の判例の学習は(初学者にとっては)ちょっと特殊です。

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他の教科の判例

 判例規範の射程は(多くの場合は)問題の事案にも及ぶものの、問題では事実が異なるため、うまくあてはめられるかがポイントになります。この場合、判例の学習における要点は、①規範そのものを覚えることとと、②あてはめ方(下位規範、要件事実)を学ぶことにあります。

憲法の判例

 憲法や、民事法・刑事法でも難問になると、そもそも判例の射程が及ぶかがポイントになります。この場合、判例の学習における要点は、①規範そのもの以上に、②規範定立の理由付け、特に利益衡量を学ぶことにあります。

行政法の判例

 判例の射程は(多くの場合は)問題の事案にも及ぶものの、問題では事実だけでなく個別法も異なります。上記の図でみると、判例と問題では異なっている部分が多いわけです。この場合、判例の学習においては、規範そのものと、あてはめ方(事実だけでなく、個別法の評価・解釈の方法)を学ぶことに意識を向けなければなりません。なお、下記記事もご参照下さい。

www.daitai.net

行政法判例百選ってどうなんだ

 というわけで、行政法の判例からは、①判例の規範の内容、②判例規範のあてはめとしての、個別法の評価&解釈の方法、③事実のあてはめ方を学ばなければなりません。「え、覚えること多いやないか」と思ってしまいがちですが、むしろ逆です。民法その他の法律に比べて、①の量がかなり少ないですし、②や③は「学ぶ」ものであって、「覚える」ものではありません。上記の図でいうと、刑訴法判例(刑法判例でも同じ)のポイントとなる事実は押さえても、あてはめ方を全部暗記する必要が無いのと同じです。

 さて、行政法の判例集も、上記の学習方法に沿ったものである必要がありますが、残念ながら 判例百選 は以下の理由でやや使いづらいです。

判旨が短いわりに解説が長い

 まず、判旨が短く抜粋されていることから、②③、すなわち個別法の解釈や事実の評価、あてはめの流れが分かりづらいものとなっています。その分、長い解説ではきちんと個別法の解釈に触れてくれてはいます。その方が分かり易いだろう、という配慮でしょう。

 しかしながら、学習者としては、どんなに理解できても答案が書けるようにならないと意味がありません。そして、行政法に関して言えば、答案の最も良いお手本が、裁判官の判決原文です。①個別法解釈の背景となる基礎理論(基本概念)や、これまでの判例の規範を踏まえ、②個別法の条文を解釈し、③事実をあてはめる、という裁判官の論理の組み立て方を何度も追体験することが必要です。これが、(冒頭に述べた)行政法判例の正しい読み方です。

 これをやらないと、内容的に正しい・正しくないの問題以前に、そもそも行政法答案の構成・流れを体得することができず、書けるようにはなりません。判例百選は、判旨が短すぎることで、よほどの天才でないと正しい読み方が身につかないように思います。

判例の掲載数が多すぎる

 行政法のカバーする領域は意外と広い(組織法&公物法&作用法&訴訟法…)ということもあって、判例百選ではなんと合計263!!もの判例が掲載されています。こんな大量広範囲の知識は不要だ!とまでは言いませんが、下記記事でも言及したように、

受験生の大部分は「行政法苦手。そもそも書き方がわからん」という状態なのですから、まずそっちをケアして欲しい。すなわち、答案のベースとなる、論理の組み立て方が教えて欲しいわけです。判例百選は、読む対象としても不必要な判例が多く含まれているように思います。

 ケースブック行政法の内容

 というわけで、百選に代わる行政法判例集の真打ちが本書です。

1. 判旨が長く、解説は最小限

 なが~い解説を諦めて、その代わりになが~い判旨が掲載されています。さらに、重要判例では個別法の条文も別途抜粋してくれています。例えば、行政法の最重要判例の一つ、浜松市土地区画整理事業計画事件(最大判平成20年9月10日)では、個別法である土地区画整理法の条文だけで2.5頁!も抜粋されています(本書〔第5版〕320頁)。
 判旨を読みながら、ひとつひとつ個別法の条文を追いかけることで、まさに裁判官の論理の組み立てを追体験できるのです!素晴らしい。

2. 各裁判官の個別意見が載っている

 さらに素晴らしいのは、重要判例では、各裁判官の個別意見も掲載されています。上記の浜松市区画整理事件では、有名な藤田裁判官補足意見でなく、これとはかなり立論が異なる涌井裁判官意見が、それぞれ1.5頁を割いて掲載されています。

 行政法の答案が書けるようになるためには、各裁判官の個別意見、特に少数意見を読むことは有用だと思います。行政法判例の少数意見のうち、判例規範の内容そのもの(上記の行政法答案の流れでいうと、①)を否定するものはほとんどありません。大体の少数意見は、「多数意見は、判例規範が本件に及ぶって言ってるけど、個別法はそうは読めないし、事実からもそんな結論にはならない」というものです。

 すなわち、①同一の判例規範、②同一の個別法、③同一の事実を前提として、相反する2つの論理を読むことで、多数意見・少数意見の論理の組み立て方に対する理解が深まります。簡単に言うと、全然違うことが書いてあるのに、どちらもA評価の参考答案が2通ついているようなものです。

 好例として、冷凍スモークマグロ食品衛生法違反通知事件(最判平成16年4月26日)の横尾反対意見(本書〔第5版〕312頁)などは、ぜひ読んで欲しいと思います。美しい立論です。

3. 判例数が少ない

 このように、長文の個別法、判旨、個別意見までをてんこ盛りにしたおかげで、本書は解説が短いのみならず、判例数まで少なくなっています(第5版で172)。短い判旨でよく論理構成もわからない判例をたくさん読むよりは、長い判旨で論理構成がよくわかる厳選された判例をじっくり読むほうが、ずっと「書く力」はつきます。

4.おまけで設問あり

 さらに理解を促進するため、各章末に★でランク付けされた設問があります。★★★は司法試験を上回る難しさですが…。

設問はやるべき?(追記)

 読者のたまみさんから、

判例の合間にある設問を解いてみても、答えがないため合っているかあいまいなまま終わってしまうのですがどのようにすればよいでしょうか?

 というまっとうなご質問を戴きましたので、追記します。記事本文で「おまけ」と書いたように、基本的にはやらなくても良いと考えています。少なくとも、筆者はやりませんでした。別に、質問の質が悪いとかそういうことではありません。上記で詳述した通り、まずもって大切なのは、・超重要判例を、・個別法を自分でひきながら、・裁判官の論理の組み立て方ー論理構造を、・追体験することです。

 すなわち、旭川市有害物質施設廃止通知事件(最判平成24年2月3日)ってどんな事件?と聞かれたら、

  • 個別法(土壌対策汚染法)に基づく施設廃止の通知につき、
  • 報告義務は既に発生していることー法的効果?
  • 報告をしなくても、(処分性の認められる)命令が速やかに発せられるとは限らないことー実効的救済の必要性
  • から、処分性を認めた事件

 という具合に、簡単な箇条書きで説明できる、ということです。これができるようになるには、下記の通り、必死に本書を読み込まなければなりません。そうすると、設問なんてやってる暇無いはずー優先順位が低い、ということです。

 なお、本書の設問はレベルが高い(というより、ややアカデミック)ので、

  • ★ → これはさすがに答えられる(自分で正誤がわかる)ようにならないと、司法試験合格が危うい
  • ★★ → これが答えられるのであれば、司法試験の行政法は余裕あり
  • ★★★ → これが答えられる人は、司法試験の公法は100番以内は確実

 という感じだと思います。わからない設問があったら、ローや予備校の先生に聞くか、本記事で質問して下さい(笑)。

ケースブック行政法の使い方

 …と、またしても「いいとこだらけ!」という書評になってしまいましたが、本書にもウィークポイントはあります。やはり、解説が短い(というかほとんど無い)ので、そもそも判旨の内容自体がわかりづらいのです。判旨の正確な論理構成を掴むにはウンウン唸りながら何度も判旨&個別法を追いかけなくてはなりません。

 -しかし、めちゃくちゃ短い判旨でなんとなくわかった気にはなるものの、試験本番で(判例のようにキレイな)論理の組み立てができず答案が書けない、という未来予想図を思い浮かべて下さい。
 大切なことは、試験本番で良い答案が書けることです。そして、そのためには、残念ながら、鬼の様に苦しいインプットをしたほうがむしろ近道、ということが多々あります。

 というわけで、本書は、「難しいけど、ためになる」本の代表格です。従って、相当の気合をもって取り組んだほうが良いと思います。

筆者の使い方

 私の場合は、百選通読→本書を軽く通読した後、法科大学院2年次に、本書の中でも特に重要と考えた判例90個くらい?を抽出し、その論理構成を注意深く追いながら、まとめノートを作成しました。

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 簡単に言うと、行政判例をザックリ250読むのは諦めて、90個の超重要判例を「完璧に潰した」ということです。正直言って、他のどんな科目のどんな勉強よりも、ためになりました。これだけで、いや~司法試験の行政法は、A答案書けるでしょ!という気分になります。つまり、冒頭の先生がおっしゃっていた、「え… 判例を読めば書けるようになるよ」という意味がそのときわかったのでした。

 多少辛い道ですが、勇気をもって本書に取り組まれることをオススメします。

「超重要判例」の選び方(追記)

 これまた読者のたまみさんから、

ケースブック行政法の中で重要な判例を絞るというのは何を基準にされていましたか?

 というこれまたまっとうなご質問を戴きました。確かに、基準が謎ですね。

 一般的に、射程の広いー他事件でも参照する可能性の高い判例が、重要判例です。法理判例と言ったりします。反対に、射程の狭いー当該事件限りの解釈を示した判例は、あまり重要ではありません。事例判例と言ったりします。
 本来であれば、これを見分けられるようになるのが、まさに勉強です。判例をたくさん読んでいれば、理屈ではなく、感覚で分かるようになります。筆者の「重判のランク付け」の記事も読んでみてください。

 でもって、そう簡単に法理判例と事例判例の見きわめなんかできないよ、という事だと思います(筆者もそうでした)。手っ取り早いのは、①「基本行政法」や「日評ベーシック」等、メジャーかつ薄めの基本書で扱われているかどうか、で判断するという方法です。当たり前ですが、薄めなのにわざわざ判旨を紹介する、というのは重要判例である証左です。次に、アカデミックな方法としては、②まさに、他の判例で引用・参照されているかどうかで決める、というものです。処分性のテーゼ(最判昭和39年10月29日)なんて何百回引用されたかわかりませんよね。 

ケースブック行政法 <第6版> (弘文堂ケースブックシリーズ)

ケースブック行政法 <第6版> (弘文堂ケースブックシリーズ)

  • 発売日: 2018/03/23
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