・説明が わかり辛い ★★★★☆ わかり易い
・内容が 意識高い ★★★★☆ 基本的
・範囲が 深掘り的 ★★★★☆ 網羅的
・文章が 書きづらい ★★★☆☆ 論証向き
・司法試験お役立ち度 ★★★★☆
・ひとことで言うと「買って損はない刑法の基本書」
※2019年5月2日追記 第2版をもとにしたレビューです
基本が大事
今日、たまたま法科大学院の後輩から、「刑法の基本書は何が良いですか」的な質問があったため、「基本的には基本刑法一択です」と答えました(まわりくどい)。非常にメジャーな一冊。筆者は、基本的には、コレ+判例集ほぼ不使用+橋爪先生の法学教室の連載(超オススメ)+刑法事例演習教材 第2版の実質3冊で司法試験の刑法を乗り切りました。最低でも65点くらいはとれたと思います。なお、司法試験は65点くらいとると、当該科目については、A答案であることがほぼ確定します。
基本刑法Ⅰ総論の内容
ほぼ、憲法学読本と同じ★評価となっています。
実際に、書籍の狙いはともかく(基本刑法が明白に司法試験対策本なのに対して、憲法学読本はややアカデミック)、内容的にはかなり近いものがあります。
憲法学読本との共通してオススメできる点
説明については、共著の良い点が出ており、偏りやクセが少なく読みやすいです。ちょっと厳しい言い方になりますが、本書の説明が(一部を除き)全体に分かりづらい、と感じられる方は、「つまり読み&確認」など、基本書の読み方自体がまずい可能性があります。
内容、すなわちレベル(問題意識)の設定についても、司法試験レベルと比較して、高すぎず、低すぎず、ちょうど良いと思います。例えば、承継的共同正犯(本書381頁)については、肯定説、否定説、中間説①(いわゆる積極利用説)、中間説②(西田先生-橋爪先生の見解)を紹介しており、「それ以上、他の説を知りたくない…」という限界で立ち止まっています。範囲も、必要にして充分な網羅性を確保しています。基本書として必要な要素のバランスが高次元でとれており、全ての学習者にオススメできる内容となっています。
憲法学読本と異なる、本書の特徴
まず、やや厚いです(それでも刑法の基本書としては薄いが)。
この厚さを何に使っているかですが、まず、ケースメソッド形式がとられており、説明が(憲法学読本よりは)丁寧です。てんこ盛りの弊害もあまり出ていません。もっとも、(特に優秀層にとっては)文章が回りくどくて論証向きでないと感じる人もいるかもしれません。
次に、その厚さは判例の丁寧な説明に使われています。他の刑法の基本書と比べると、かなり丁寧です。この「判例の丁寧な説明」は、上記の「バランスの良さ」と並ぶ、本書の最大の長所のひとつです。
またしても良いところづくめの様な気もするのですが、ウィークポイントもあります。それは、直近の平成30年の司法試験刑法の問題をみる限りは、「判例の無い、未知の事例への対応力」という意識がやや低いことです。これは非常に重要な点なので、敷衍します。
上記の承継的共同正犯の例にある通り、本書はその厚さを、(刑法につきものですが)いわゆる「各説対立」に使っています。そして、日本評論社の「基本○○」シリーズは、簡易化するために脚注や出典の明記を避ける方向にありますので、基本的に各説が誰の見解なのかがわからず、しかも、説を多く挙げすぎているため、各説の掘り下げも甘いものとなっています。要するに、どの説をとるべきか、その説をとると、未知の事例の解決はどうなるか、がわかりません。
しかし、これは、本書の狙いでもあります。おぼろげな記憶によると、本書(1版)が売り出された時には、「本書は判例説だ~」というような帯がデカデカとついていました。そう、本書はまさに、「判例を理解して使いこなせること」が主目的であり、各説はあくまで紹介にすぎず、判例の無い、未知の事例に対して体系的な刑法の理解から一定の結論を出す!ということは余り重視していないのです。
これまでは、それで良かったんですね。手がかりとなる判例が全くないような設例は出題されませんでしたし、少し判例から遠いな、と思われる設例に大きな配点が振られていることはなかったからです。
…が、平成30年の司法試験刑法の設問3を見てもらえばわかるように、これからは判例オンリーではちょっと難しいな…という問題が出題されるリスクがあります。
基本刑法Ⅰ総論の用途
平成30年の刑法の傾向変化により、やや、本書の強み(判例分析が丁寧)が減殺された感じもありますが、とにかくバランスが良いので、やはり受験生のファーストチョイスは本書かと思います。そもそも、この本以上にわかりやすい刑法の基本書は、
くらいしかありません。この本も非常に良い本ですが、司法試験合格レベルに余裕で達している!というほどではない(上位合格しようと思ったら、まさにこの本の内容を100%暗記している必要がある)ため、やはり基本刑法に分があるように思います。
また、刑法判例の意義は、主に法理判例(この用語法は田中豊先生の書籍を参照)としてであって、理論の枠組みをしっかり捉えることが大切です。そういう意味では、本書をきちんと読み込んでいれば(筆者は、3周しました)、刑法判例百選1 総論(第7版) (別冊ジュリスト 220)は不要です。
もちろん、判例学習のもうひとつの意義、すなわち、事例判例として、事実の評価とあてはめを学ぶことは大切です。しかし、そもそも刑法判例百選は玉石混交で、判旨に充分な事実が載っていなかったりします。また、法科大学院生であれば、あてはめは「刑事実務」みたいな科目で検察官の先生から教えてもらうのがベストですし、そうでなくても、
の様な良書、演習書で学ぶ方がずっと近道だと思います。よって、本書は、簡便な判例集としても価値があり、その意味でも購入しておいて損は無いといえます。
また、本書を何度も通読しておけば、「判例の無い、未知の事例」が仮に出題されても、それ以外の部分は全て完璧に書けるはずですから、合格レベルの答案は書けると思います。
「判例の無い、未知の事例への対応力」を身につけたい方は、山口先生、井田先生、西田先生、橋爪先生の連載など、定評ある書籍から好きなもの選んで隣において、①自分がとる説をマーキングし、②その説の理由付け、及び具体的事例における帰結などを、本書に加筆していけば良いと思います。
私の場合は、橋爪連載の影響で、「限りなく結果無価値に近い行為無価値」になっていました。そこで、上記の承継的共同正犯の論点で言えば、まず①説はノーマーキング&完全に無視し、②説はかなり有力、③説はもはや判例のとらないところであって、④説(自説)がもっとも判例と整合的であるが、基本刑法には理由付け&適用例が不足しているので、こんな具合に印刷したメモを貼り付けていました。
このように、各説のメリハリをつける、という使い方をすれば、本書のウィークポイントは克服できると思います。