・説明が わかり辛い ★★☆☆☆ わかり易い
・内容が 意識高い ★★★★★ 基本的
・範囲が 深掘り的 ★★★★☆ 網羅的
・文章が 書きづらい ★★★★☆ 論証向き
・司法試験お役立ち度 ★★★★☆
・ひとことで言うと「1人でできるソクラテス・メソッド」
こんにちは、たすまるです。台風19号、司法試験予備試験の発表と、色々なことがありましたが、皆さんお元気でしょうか。本日は、アガルートさんから出た新しいコンセプトの問題集の書評です。話題なので買ってみました。
論文に必要な知識とは
司法試験業界で「問題集」と言いますと、択一対策の問題集か、論文対策の演習書が思い浮かびますが、本書はちょっと違います。
主に論文式試験で問われる知識を1問1答形式で整理したものである。(中略)アガルートアカデミーで紺別指導を受講している受講生向けに、復習用教材として使用していた(本書はしがきより引用)
とのことです。択一問題集と、論文演習書の中間ですかね。起案に必要な知識(書き方でないことに注意)が定着しているかを、確認するための問題集です。なぜこのようなコンセプトの問題集が必要なのでしょうか。そもそも司法試験にはどんな知識が必要なの?ということを整理してみます。
①レベルー深さの問題
誤解を恐れずに簡略化すると、短答に必要なのはまさに「知識」であり、とりあえず知っていれば正答できる、というレベルの理解の深さで足ります。が、論文では知識を変形して使いまわすー応用することができる、というレベルの理解が必要です。具体的には、判例の規範だけでなく、理由付けとその射程などです。後者をとらえて、巷間よく「暗記でなく理解が大切」と言ったりするわけです。このことについては、下記記事等も参照して下さい。
このような、「応用することができる」ための理解ー制度趣旨や、判例の理由付けの正確な理解が、短答の問題集や、論文の演習書で身につくかどうか、というところが第一の問題点です。
②ズレー範囲の問題
もう一点、留意しなくてはならないのが、A前述の短答的知識をしっかりこなせば、B論文に必要な応用力が身につく、というA⊂Bの関係にはない、ということです。
敷衍しますと、知識を応用するには、覚えようとしている知識が、全体的の中でどのような位置を占め、どのような役割を果たしているかという「体系」や、体系の前提となる「基礎的な概念」までもをきちんと理解している必要があります。このことについては、下記記事も参照して下さい。
そして、このような「体系」や「基礎的な概念」は、正面から短答で聞かれることはありません。
訴訟物とは何か、次の1.~4.の選択肢のうち、判例のとる理解に最も近いものを挙げよ
構成要件の刑法体系上の地位につき、次の1.~4.の選択肢のうち、判例のとる理解に最も近いものを挙げよ
みたいな問題が出てこない、ということです。そうすると、いくら短答を極めても、論文に必要なーその前提となる体系や基礎的な概念は身につかない、すなわち短答と論文の知識は少しズレている、ということがわかります。以上を簡単に図示しておきます。
総合講義1問1答の内容
ソクラテス・メソッド
本来、このような①深さーある規範の理由付けや、②体系・基礎的な概念を教える役割を担うのが、基本書です。もっとも、基本書は一方向のテキストですから、知識が身に付いたかどうか?とチェックしてくれるわけではありませんし、誤解していても正してくれたりするわけでもありません。
こうした、①深さと②範囲をチェックし、誤解を正す最も一般的な方法が、(実は)ソクラテス・メソッドのように思います。つまり、教師はたいていの場合「先行する失敗者」ー基礎的な概念や、体系を理解することにつまづき、それを乗り越えてきた人たちです。従って、講義の中で、基礎的な概念や体系が身についているかを、質問で確認することに長けています。
学生:本件訴訟の訴訟物は〇〇ですから…
教師:(間違ってるなぁ→問題文を読み間違えたか、それとも訴訟物概念に誤解があるか、後者だな…)ちょっと待って、そもそも訴訟物って何?
学生:訴訟物とは…
という具合ですね。本書は、1問1答のテキストにより、このように①深さと②範囲を補完するソクラテス・メソッドを実現しよう、というものです。
「問」が良い
本書の最大の長所が、「1問」すなわち、ソクラテス・メソッドにいう教師の質問のチョイスが的確で、網羅性も十分であるということです。例えば、本書の「物権」は、
1. 一物一権主義の意義について説明しなさい
2. 一物一権主義の趣旨について説明しなさい
3. 物権的請求権の種類について説明しなさい
(以上、本書42頁より引用)
となっています。こういった知識はまさに基本書では扱われても、短答の問題集には出てこない種類のものです。そういった意味で、②範囲の問題を解決する良い質問であるといえそうです。また、本書は要件事実に関する質問(消費貸借契約に基づく返還請求の要件事実について説明しなさい等)が豊富であり、そこもポイントが高いと思います。
「答」は最小限
もっとも、本書の弱点としては、「答」が最小限となっている部分があります。例えば、
請負契約における担保責任としての損害賠償請求権と、請負契約に基づく報酬支払請求権の同時履行の関係について説明しなさい(本書146頁より要約引用)
という問いに対して、
判例(最判平成9年2月14日)=原則として全額対全額が同時履行の関係に立つが、瑕疵の程度や交渉の経緯等に照らし、同時履行の主張が信義則に反すると認められる場合には制限される。
∵追完(修補)請求をした場合との均衡(本書147頁より要約引用)
と、「∵(なぜなら記号)」つき、すなわち理由付けを記した答えが用意されており、確かに、①「論文式試験に対応できる深さ」を意識した記載となっています。
もっとも、理由付けは一文のみであり、かつ、この理由付けが
- 全額対全額が同時履行の関係に立つ ことの理由付けなのか、
- (中略)信義則により制限される ことの理由付けなのか
が、(少なくとも初学者には)良く分かりません。定評ある基本書を開くと、
- 全額対全額が同時履行の関係に立つことの理由付けが、修補請求との均衡であること
- 修補請求との均衡、の意味するところは、(損害賠償額の)対当部分のみ同時履行関係を認めたのでは、注文者に履行遅滞による遅延損害金が発生してしまうこと(基本講義 債権各論〈1〉契約法・事務管理・不当利得 (ライブラリ法学基本講義) 42頁より要約引用)
と丁寧に解説されており、そこで初めて「ははん、そういうことね」と理解が「深まる」ことになります。つまり、本書の「答」-すなわち解説は、まさに論文で表現する上で必要最低限のものとなっており、丁寧で分かり易い解説、といったたぐいのものではありません。
もっとも、本書は、見開きの左側に「1問」を配し、対応する形で右側に「1答」を配するというレイアウトをとっており、必然的に、「答」が書けるスペースは限られたものとなっています。そういった意味では、この割り切った記載は「しょうがない」ものでもあります。また、筆者の考えるところでは、後述の通り「答」はむしろ丁寧に書かない方が勉強になる、という逆説的な方法論もあり得るところですので、本書の全体的な魅力を損なわない程度かなと思います。
誤記など
なお、筆者が入手したのが「初版第1冊」ということもあり、結構多く(多分10か所程度)の誤記又は「問の重複」があります。もっとも、本格的な誤解を与えるといったたぐいのものではありませんし、アガルートの先生方がお忙しい中、受験生のために!と素早く出版して下さった、というところが「ありがたや~」な訳でして、変に重箱の隅をつつく必要性は無いと思います。
総合講義1問1答の使い方
初学者ー「深める」をちゃんとやる
論文に必要な知識が、短答に必要な知識と「深さ」「範囲」が異なること、そしてこれを網羅的にチェックして正していく作業は、まさに初学者の段階でやっておくべきことです。-勉強が進んだり、司法試験(予備試験)を受ける直前になって重大な誤解に気づいたときの悲惨さは筆舌に尽くしがたいものがあります。
という訳で、初学者にとって、本書は間違いなく有用です。私が法科大学院1年生(法律学習1年次)であったら、まず間違いなく購入します。特に、独学の方ーソクラテス・メソッドの機会が無い方にとっては、ほぼ必須といって良いかと思います。
もっとも、上述の通り、本書の「答」-解説は、司法試験に必要最小限のもので、丁寧かつ分かり易くはありません。そこで、初学者が本書を活用するためには、
等で紹介した基本書は必須です。間違っても、「問」を解く→「答」を見て暗記する、という使い方はすべきではありません。また、「答」を見てわからなかったときに、論証集に戻るのもやめましょう。
本書で問われている内容は、まさに基礎的なものです。その「答」が少しでも腑に落ちなかったら、直ちに基本書の該当ページを探し当て、確認するー深めるべきです。そして、その内容を書きこんでおくとなお良いでしょう。アガルートさんの論証集と同じく、本書は余白が比較的豊富です。
むしろ、本書はこのような使い方を前提にしているといえ、はしがきでも触れられています。良い教材は、正しく使いましょう!
初学者であれば、基本書等を読み進めて理解した後で、その知識を復習するための副教材として使用する(中略)本書は、知識の解説をしたものではなく(本書はしがきより引用)
ランク付けについて
なお、本書の「問」はA・Bとランク付けされています。司法試験との関係で言うと、AランクもBランクも必要不可欠ーそういった意味で、本書にはまさに基礎的な知識しか扱っていないーです。すなわち、このA・Bのランク付けは、重要度というより「理解すべき順番」を表していると考えた方が良いと思います。このような意味で、本書のランク付けは適切だと思います。
初学者の方としては、まずはAランクを一周、続いてA・Bランクを二周、という使い方もできるかと思います。
中級者以上ー「チェックリスト」
中級者以上であれば、本書はまさに「チェックリスト」そのものです。筆者は、論証集の通読等で基礎的な知識の確認をしていましたが(下記記事参照)、その代替となるものです。
そういった意味では、中級者以上の方にとっては、本書は必要というより「あれば便利かな」という程度のものでしょうか。なお、筆者のように旧法世代の方にとっては、「民法改正点・簡易確認表」として結構有用だったりします(笑)。
まとめ
以上の通り、本書はあまりないコンセプトー近いもので言えば、辰巳の趣旨規範ハンドブックの答えの部分だけを隠して使う方法ーであり、その「問」のチョイスが適切で、特に初学者の方にとってはおススメの教材となっています。公法編も近日発売、とのことでそちらも購入してレビューしたいと思います。