玉川温泉紀行
このレポートは当会にて玉川温泉への視察に出かけた際に研究員の一人が書き記したものです。
また、玉川温泉の秘密についての情報も掲載しておりますのでご参考になさって下さい。
私は、平成14年12月に60歳でお亡くなりになられた毎日新聞の佐藤健記者の末期がん体験ルポ「生きる者の記録」の連載を拝見し、代替医療に携わる者として、一度は行かねばと心に決めていた。
平成15年11月18日(火)、私は会のメンバーとともに大阪を飛び立ち、遠路秋田へと向かった。
飛行機の翼の下に広がる雲を見ながら、私は自分の中に広がる言い様のない違和感を覚えていた。情報を調べれば玉川温泉を訪れる人の多くはがんを治癒することを目的としているという。私自身はがんではない。湯治のために訪れる人たちの邪魔になりはしないだろうか。離陸直後から着陸の合図があるまで、私の中にそうした思いが幾度となく、湧き上がっていた。
秋田空港からはレンタカーを借りて、一路玉川温泉を目指す。空港から温泉までは3時間の道のりだ。やや曇り空で、はっきりしない。県道を走っていく最中、メンバー同士の会話はそれほど弾まない。今回はただの旅行ではない。メンバーそれぞれに「思い」を持ってきているのがひしひしと伝わってくる。さりとて私も、今回の旅で少しでも佐藤記者の気持を理解できれば、という目的がある。
県道を2時間半ほど走って、急に山間に入っていく。そこまでは雪も見かけなかったが、道を進むにつれて白いものがあちこちに見え隠れするようになる。私は手のひらにじんわりと汗を掻き、喉の渇きを覚えていた。あと30分もすれば、目的地だ。
午後1時過ぎ、新玉川温泉・玉川温泉に到着する。雪は薄く積もっている程度で気温は+3度。思ったより寒くはなかった。まずは、宿泊先の新玉川温泉で昼食を取り、玉川温泉・新玉川温泉のことを詳しく聞くため、新玉川温泉副支配人の網木氏を訪ねた。
網木氏は突然の訪問にも関わらず丁寧に対応してくれた。初めて訪れる私たちに資料を渡しながら玉川温泉の概要を説明してくれた。
玉川温泉は十和田八幡平国立公園内にある八幡平焼山山麓の玉川地区の地獄谷から湧出する「大噴の湯」を源泉とする世界にも類を見ない奇跡の温泉とされている。古来より湯治場として知られ、源泉「大噴の湯」から湧出する温泉は、摂氏98度、pH1.2と、日本一の強酸性泉ということで、毎分9,000リットルという豊富な湯量も日本一だそうだ。
また、日本では玉川温泉だけで産出される特別天然記念物「北投石」は、ラジウムなどの温泉水の成分が長い年月をかけて石化したもので、微量の放射能を発していて、玉川温泉の岩盤にゴザを引いて横たわる岩盤浴は、地熱によって体を温める効果と共に、微量の放射能を体に浴びることによって細胞を活性化させる効果(ホルミシス効果)があると言う。
「ここにくる人のために、よかれと思って、いろいろイベントなんかもやったけれど、結局高いもの買わされたとかで、逆にクレームになったりもした。だから今はそうしたことは一切行なわず、湯治だけをやってもらって、もてなすのが私たちの仕事だと思っています」
網木氏の言葉は少し残念そうでもあり、満足そうでもあった。確かにここは湯治の場所なのだ。そして網木氏にとってはもてなす場所なのだ。この特異な温泉の泉質と岩盤の性質を求めて人はやってくる。そして数々の傷病を治してきたという効果があれば、何もいらないというわけだ。至極当たり前のことに改めて、この山深い温泉が遥か昔から、人々の足を向けさせている所以を感じた。
「新玉川温泉には人工の岩盤の施設がありますが、自然の岩盤浴をなさりたいなら、玉川の方に出かけてみてください」
網木氏の言葉に礼を言いながら、私たちは早速2キロ離れた玉川温泉へと向かった。夏季は新玉川温泉と玉川温泉間の移動は定期バスで数分。しかし冬季は雪が深く雪上車で移動することになる。
佐藤記者が訪れた玉川温泉にようやくたどり着いた。佐藤記者が歩いたであろう道を、岩盤浴に向かう人々について歩き、途中網木氏から聞いた「大墳の湯」の前で写真を撮り、ようやく岩盤浴をするテントを発見した。岩盤浴はこのテント内だけでなくこのあたり一帯でできる様子。地面に腰をおろすと本当に温かい。数分で熱さを感じるところもある。ゴザを敷いて寝転び毛布を上から被ると本当に体の芯から温まる。こうした自然の中での岩盤浴をする中で身も心も癒される。
この温度に触れながら、私はこれまでお会いしてきたがん患者の方々のことを思い返していた。胃がん、肺がん、乳がん、肝臓がん、すい臓がん、脳腫瘍、舌癌。さまざまな方にお話を聞いてきた。そして中には残念ながらお亡くなりになった方もいる。亡くなられた方のご家族にお話を聞くと、
「もう少し元気なうちに玉川温泉に連れてあげられたよかったんだけれど」とおしゃっていた。亡くなってしまった後ではあるけれど、ご家族の方(もしかするとご本人もそう思っていたかも知れないが)にとって玉川温泉というところが一つ希望を見出せる場所だったのだろう。いま、私が感じている温かさを、体感してほしかったのだと思うと、切ない思いが込み上げてくる。
ここを訪れる人に話を聞いてみると、2週間ほどは滞在される方が多かった。私たちが知り合った広島から来られているご夫婦は奥さまの乳がん治療の為ということだった。ご主人は一人で広島から20時間車を運転して、ここまでこられたとのこと。「すごいですね」と私が言うと、当然だといわんばかりに少し首を横に振っておられた。
また名古屋からお一人でいらしている年配男性は100歳になる父親から健康の為に行って来いと言われてここまで来たとのことだった。父親が健康に関してはかなりうるさいので、いま自分はどうもないのに来ているのだという。
来られている理由はさまざまだが、いずれも家族のためや家族を思うことからこの場所に足を踏み入れる方が非常に多かった。家族を思って、家族のためにという気持ちが痛いほど伝わってくる。話をしてくれた人達はみんな悲壮感はない。いらだっている様子もない。しかし本当は悔しい思いもあるだろう。悲しい思いもあるだろう。けれど、それは決して見せない。それは恐らく察するに「自分の家族に悲しい結末が訪れることはない」という強い信念があるからだろう。時折見せてくれる笑顔の裏にはそうした思いがひしひしと感じられた。私もいつか妻を誘ってここにくることがあったら、それは家族の絆を深めるために来ることになるだろう、何故かそんな風に思った。
翌日、私はもう一度、岩盤浴をしている人達と言葉が交わしたくて、湯気の立ち上る道路脇にたたずみながら、すれ違う人々に声をかけてみた。多くの人は気さくに話に応じてくれた。私が「代替医療の情報を纏めて、必要としている人々に提供しているんです」というと、ほとんどの人は「がんばってください」と温かい声をかけてくれた。佐藤記者が接した人々もいま私がすれ違っている人たち同様、親切な人たちだったのだろう。そして自ら病を患っている方は心の強さを持ってその温かい心を見せてくれた。情報を提供する側が逆に励まされている現実に私は少しうろたえもした。しかし私に出来ることといえば、自分自身がいま取り組んでいる代替医療の研究と情報提供ということを今まで以上に培っていくことしかないのだ。そうすることで、昨日と今日、出会った方々に多少なりとも恩返しができるのだ。
私は自分がいまやるべきことがはっきりとわかった。会のメンバーとも話して、私は先に帰路につく事にした。昨日のうす曇の空は、すっかり青空になっていた。玉川温泉には岩盤や温泉という文字通り温かいものが存在していたが、それ以上に家族に対する愛情、人に対する愛情という奥深い温もりが溢れていた。この温もりを忘れてしまったなら、医療は人を救うことはできないだろう。私はそう確信した。
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